温かい心 出会いの翌日に新しい学校に通い始めた私は、自然に2人と友達になった。そして、2人からテニスを教えてもらう事にもなった。 でも残念な事に、データを使ったテニスは全く理解が追い付かず、しかもラケットに当てる所から下手で、お遊びのようなテニスしか出来なかった。それでも、蓮二君も貞治君も時間を見つけては相手をしてくれた。 「まだまだ力が足りないなぁ“助手”は」 「だが、随分と追い付けるようにはなったな」 「本当?」 蓮二君の言葉に嬉しくなる。蓮二君は教授、貞治君は博士。最初は全く意味が分からなかった2人のあだ名。仲良くなる中で、私はいつしか“助手”というあだ名がついた。 「ああ。油断大敵だけどね」 「ゆだんたいてき……」 「また始まった」 2人と話していると、知らない言葉が沢山出てくる。だから、重いけれど国語辞典を持っていって、毎回辞書で調べていた。最初はひとつひとつ教えてもらっていたのだけれど、人に尋ねる前に自分でちゃんと調べるのが「礼儀」というものだ、と教えてもらってからは、ちゃんと「礼儀」を守っている。ちなみに教えてもらった日は、帰宅後一番に「礼儀」という言葉の意味を辞書で調べた。 こういう所が、“助手”というあだ名に繋がったようだった。2人の後に付いて行きながら、知らない事を沢山教えてもらう。たまに、お手伝いをする。更に、この習慣が後々、友人曰く「やたら知識幅が広い」に繋がっていく事になる。分からない、知らない言葉や事柄を調べる習慣だ。 「なるほど、油断大敵!気を付ける」 「ああ。でも宙なら、もっと上手くなるよ」 「えへへ。ありがとう」 貞治君の言葉に、にっこり笑ってかえした。 「宙!」 茶色の子犬をぎゅっと抱えてトボトボと歩いていた私の名前を呼ぶ声に、のろのろ頭を上げる。焦ったような表情の蓮二君が前から走ってきた。後ろには貞治君もいる。 「どうしたんだ?何故泣いている?誰かに何か言われたのか?怪我……はしてないか。……その犬はどうしたんだ?」 「蓮二、そんな質問攻めにしても宙が困るだけだ」 「しかし……」 蓮二君と貞治君の顔を見て、安心した私は更にボタボタ涙をこぼしていく。 「宙!……大丈夫だ。大丈夫だから」 落ち着くまで蓮二君に頭を撫でられた私は、2人に求められるままに、何があったのかを話した。話があっちにこっちにと飛んで、上手く話せない私を上手く誘導しながら、10分後には、捨て犬を拾った事、お母さんから飼えないと言われた事、元の場所に返してくるように言われた事、細かい事も全て、2人は私からすっかり話を聞き出してしまった。 「……飼うって事は責任が伴う。軽々しく、動物は飼っちゃいけない」 「…………うん」 貞治君の言葉に、子犬を抱きしめる手に力が入った。 「でも、このまま元に戻しても、下手をすれば死んじゃうかもしれない」 「…………うん」 蓮二君の言葉に、更に力が入る。またじわじわと涙が出てきた。 「……じゃあ、探そう」 「教授?」 「探そう、3人で。飼ってくれる人。教授と博士に、助手もいる。どんなに難しくても解決できるよ」 「……そうだな。探そう」 2人が私を見た。教授が私に手を差し出す。 「助手にも、一杯手伝って貰わないと」 その手をぎゅっと握り締めた。 「……うん!」 話し合った結果、まず子犬の特徴が分かるように絵を書いて、蓮二君と貞治君がそれぞれその絵を持って探す係、私が子犬を連れて探す係と3人で手分けする事になった。 一番家が近かった貞治君が、家からクレパスと画用紙を持ってきてくれたのだが、ここで、思いがけない問題が浮上する。 「……これはひどいな」 「蓮二には言われたくないよ!似たようなものじゃないか」 「俺の方がマシだ」 絵が下手だったのだ。 宙はどっちが上手いと思う?と聞かれて、答えに困ったりした。2人共、辛うじて犬?という生き物の絵が画用紙に描かれていたのだ。それまで、メソメソしていた私も、これには笑ってしまった。最終的には、私が描いた犬の絵が使われる事となり(今思い出しても、まだマシという程度の画力だったが、妥協案だったのだろう)、3人で手分けして飼い主探しが始まった。 ザアァァ、と雨が降り出していた。3人でバラバラに探していると言っても子供の足だ。そんなに簡単に見付かるはずもなく、ずぶ濡れになりながら、一軒一軒インターホンを押す。 濡れないように子犬にはハンカチを巻いてあったけれど、もうハンカチごとベタベタで、腕の中の子犬は寒さで小さく震えていた。 もう何軒目だろう。断られた玄関先でうなだれた。それでも、あきらめる訳にはいかなかった。「下手をしたら死んじゃうかもしれない」蓮二君の言葉が、頭の中で繰り返される。すると、パシャパシャと足音が聞こえてきて振り返る。 「いた!宙!蓮二が見つけたって!」 「えっ!」 「蓮二が、飼ってくれる人見つけたって!」 「本当!?」 ずぶ濡れになりながら、貞治君が私に知らせにきてくれた。その言葉に、嬉しさとほっとしたのとで、子犬を抱きしめ直した。 「こっちだよ」 「うん!」 貞治君の後ろに、必死になって走ってついて行った。随分と長い距離を走って、息があがってしまったけれど、夢中で走る。こんな遠くまで、と頭の中で考えながら。 「貞治!宙!」 一軒の家の前で待っていた蓮二君も、傘はさしていたけれどやはりずぶ濡れになっていた。 「ここって……」 でもこの時、私はこの家の方が気になっていた。ここは、学校の皆の間でも有名な怖いおじいさんが1人で住んでいる家だったのだ。私も、ここの近所の道路脇で友達と遊んでいたら、おじいさんに大声で怒られて吃驚して逃げ出した事があった。 「貞治、探してきてくれてありがとう」 「ああ、宙の足で歩ける範囲は狭いから、そう手間でもなかったよ」 「蓮二君、ここ……」 「うん。説明したら、飼っても良いって」 「……ひとりで入ったの?」 何でもないかのように、蓮二君は笑った。 「だって、飼ってくれる人を見つけないと、宙がまた泣くから」 「……!」 大丈夫だって、言っただろう? そう笑って頭を撫でてくれた蓮二君。さあ、おじいさんが待ってる、そう言って手を引いてくれた。 |