美しい姿 ずりずり、と鉛を引きずるよう歩みながらも、遂に生徒会室に到着してしまった。 ……ああ、嫌だな。今まで、何とか接点を持たないように過ごせていたし、クラスも一緒になる所か、随分と離れたクラスに振り分けられ続けていたのに。会いたくないのに。臆病風に吹かれて、といつも笑われるけれど、やっぱり怖いものは怖いのだ。もう、あんな思いをするのは嫌だった。 何でもない風を装って、ぱっと渡して、ぱっと立ち去ろう。あの頃とは、背丈も髪型も服装も、全部違うのだから誤魔化せる、かもしれない。 ……無理だろうなぁ。私の知る「蓮二君」を思い起こすと、とても無理な話だ。苦笑を落として、コンコン、と扉をノックした。内心、少し吐きそうな程緊張していた。 無反応。 もう一度ノック。 ……やっぱり、無反応。 「……失礼します」 そーっと扉を開けると、誰もいなかった。ように最初は見えた。でも、視線を巡らすと、長いソファに足を曲げるようにして横になっている柳君を発見し、ええっ、と緊張も忘れて思わず面食らう。 そっと覗き込んでみると、彼はスヤスヤと寝ているようだった。ああ、柳君だ。…………。 ……小休止だろうか。 証拠に、とある机の上には、幾枚かの書類と、筆箱が置いてある。あそこが生徒会室内での柳君の席らしい。寝ているというのはチャンスだった。封筒を置いて立ち去れば良いのだ。 そっと横を通り抜け、机の前に立った。しめしめ、と封筒を置くために筆箱を手に取った瞬間、チリン、と涼やかな鈴の音色。しまった!と柳君を見たが、セーフ。起きなかったようだ。 「吃驚した……。筆箱に鈴が付いて……、これ……」 息を呑む。ピンク色の房がついた、小さな根付。とても、見覚えがあった。思い出も、あった。毎日これの色違いを見ているし、どうして柳君が持っているのか、しかもよりにもよってピンクなのかも知っていた。思わず、制服のポケットから携帯電話を取り出す。 『優しいお前さん達にこれをやろう』 私は青色。貞治君は緑色。……蓮二君は、ピンク色。 チリン、と携帯電話に付けている青色の房がついた鈴が小さく鳴った。 柳君を見る。いつも、綺麗、美しい、と多くの人に讃辞を受ける彼。こんなに近くで見たのは、いつぶりかな。私は、貞治君や柳君みたいに、日数がすぐに分かる訳じゃない。 ……ああ、柳君だなぁ。寝顔もやっぱり綺麗だ。ほろ苦い笑みが込み上げてきた。 「――今でも、おじいさん間違えちゃうかな。……太郎も、元気だよ、……蓮二君」 パコン、パコン、と聞こえる音に吸い寄せられるように、私はその場所を探した。広めの公園を少しの間さまよってから、ようやくその場所にたどり着く。 そこでは、同い年位の眼鏡の男の子と、おかっぱの女の子がテニスをしていた。 上手い、下手なんて全く分からない。でも、彼らはボールをちゃんとラケットに当てて、相手に返している。私にとっては、それで十分上手だと言えた。 フェンスの側に立って、ずっとその姿を追い続ける。黄色い小さなボールが、コートの中をあっちにこっちにと飛んでいくのに、2人共必ず追い付くのだ。一体どれ位見つめていたのだろう。 ポコン、とおかっぱの女の子が、こちらにボールを打ったので、トン、トン、トン、とボールが弾みながらこちらに向かってきた。最後はコロコロと転がって、フェンスを挟んだすぐ目の前でピタリと止まった。 「君もテニスをやるの?」 ボールをぽけっと見つめていると、おかっぱの女の子が話しかけてきて、びっくりした。小首をかしげた女の子の黒い髪の毛が、さらさらと光を反射してとてもきれいだった。 「ううん。今日引っ越してきたから、この辺りを探検してたんだ。そしたら、えっと、音が聞こえてきて、それで、気になって、」 「俺達を見つけた?」 一生懸命説明すると、眼鏡の男の子が助けてくれた。こくこく、とうなずく。 「……すごいね!上手いね!2人共、ボールがどこに行っても魔法みたいに追い付くね!まるで、どこにボールが行くのか分かってるみたい!」 勢い込んで話すと、クスッと女の子が笑った。 「分かってるんだ。データから確率を出せば容易い」 「……データ?かくりつ?たやすい?」 女の子の言葉が、全然分からない。何か、とても頭の良い事を言っている事だけは分かった。尊敬の眼差しで女の子を見つめる、 「頭も良いんだね!女の子なのに、男の子とテニスしてるし、すごいなぁ」 「………………」 すると、その子が固まってしまった上に黙ってしまって、ちょっと焦る。何かおかしな事言っちゃったのかな……。 「プッ」 「貞治……」 「あはは!だって、女の子って!確かに女の子に見えるかも!」 眼鏡の男の子が、お腹痛い、と笑いながらその場にしゃがみ込む。私は恐る恐る尋ねた。 「あの、もしかして、男の子……?」 「……そうだ。名前は柳蓮二」 ぶすっとした表情で、私をじろじろと眺めてから、柳蓮二君はこう言った。 「お前だって、そんなに細いし、顔も女の子みたいだ。人の事は言えないだろう」 「……………女の子だよ」 「えっ」 駄目だ、と一言呟いて、眼鏡の男の子は更に笑いはじめる。笑いが止まらなくなってしまったらしく、くるしい、とお腹をおさえている。 ぽかん、と今までとても細いなぁと内心思っていた目を見開いて、柳蓮二君が私を見つめる。 「青海宙って名前だよ。……この服、お兄ちゃんのお下がりなの」 消防車が描かれた、白い服を引っ張った。しかし、後々考えれば、髪は男の子みたいに短いし、ズボンを穿いていたから、男の子と思われても仕方がなかったのだ。 「………ごめん」 「私も、ごめんなさい」 「あ〜、笑った。良いデータがとれたよ。因みに俺は乾貞治。俺はちゃんと女の子だと分かってたけどね」 「貞治、お前……」 「教授が悪いんじゃないか」 「きょうじゅ?」 これが、2人との出会いだった。2人共、私が転校する小学校の生徒で、しかも同じ三年生だと知ったのはこのすぐ後の話だ。 |