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 朦朧とした意識の中でも、柳君の声は確かに私に届いていた。
 柳君はかなり不穏なことをつらつらと述べていく。思わず眉を寄せた。ストーカー!?と思ってしまった私は、いけないだろうか。
 だけど、そんな言葉なんて比較にならない言葉の羅列が聞こえてきた。

 彼は気付いた。

 更に、続いていく言葉に身動きが取れなくなる。聞きようによっては、随分と熱烈な。完全に思考は覚醒したのだけれど、どうしよう、と固まっていると、柳君の手が頬に添えられてしまい、思わず肩を揺らしてしまう。
 だけど、フ、と柳君が息だけで笑ったのを感じて、これは、柳君は私が聞いているのを分かってやっているんだ、と悟った。
 からかっているのだろうか。だとしたら、切ない。
 でも、彼が気付いたものに関して説明しようと、そしてこれ以上からかわれないよう目を開けて言葉を制止しようとした瞬間。

「好きだ、宙」

 空気に溶けるように言われた言葉に、思わず目を開ける。
 そして、これほど目を開けたことを後悔するとは思わなかった。

 顔、近っ!
 との感想は一瞬で綺麗さっぱり吹っ飛んだ。
 開かれた柳君の瞳をまともに覗き込んでしまったのだ。普段は開いているのかいないのか分からないその瞳。だけれど、今は目の前にあって、私を映していた。
 ……飲み込まれてしまいそう。
 目は口ほどに物を言い、という言葉がよぎる。
 激情を孕んだ瞳。
 いつだったか、見えそうになった柳君の表情に恐怖を覚えたことがあったけれど、その正体がこれだったのだ。私が隠した正体と、柳君が隠した本質。
 冷静な顔の下に、満ち満ちているもの。溢れかえりそうなほどの、感情。
 視線に、体ごと全部、全身、食べられて咀嚼されていくようだった。
 半ば視線に食べられかけて私が固まっていると柳君は、フ、と笑った。

「いつだったか、神鳥に止められたな。「まだ宙には受け止められない」と言われた。……まだ、かもしれないが、もう、待てないな。青海がこんなにも近い」

 凄い台詞を吐かれているのは分かるのだが、処理が全くもって追いつかない。全力で頭は回っているのに、凄い勢いで空回りしかしていない感覚だ。
 柳君の少し冷たい手がまた頬を撫でる。

「鵺の正体はお前だったんだな」

 その言葉に、違う意味で私は固まる。柳君が気付いてしまったのは分かっていた。でも、こうやって口にされると、何かを突きつけられたようで何も言えなくなる。
 圧倒的な後ろめたさ。
 だけど、柳君の表情はどこまでも優しさに溢れていた。あの瞳も今は細められている。

「正体を隠す理由は――金銭問題だろう?青海の収入は凄まじいだろうからな。莫大な収入を生み出す未成年、しかも両親は現在海外勤務でいない。心無い親戚の動きが浮かぶようだ。青海は一時期、少し精神的に不安定になっていただろう?金は人を変える。友人の態度も変わる可能性があった」

 ……そう。ぎゅっと手を握る。
 お金の魔力は恐ろしい。そして、仲良くなればなる程に言い辛くなるのだ。

「壊れることへの恐怖。ああ、でも不謹慎だが、俺は嬉しいんだ。青海が俺達に言わなかったのは、そういうことだろう?壊したくないと思ってくれたのだろう?」

 ひとつ頷き返すと、柳君はまた表情を綻ばせた。頬に寄せられたままの手と、はたから見ると押し倒されているような状況も相まって、凄く心臓に悪い。

「それで俺は十分だ。……後は」

 柳君が何を求めているのか悟る。そう。さっき夢うつつに聞いた言葉に全てが詰まっている。

「柳君を信頼する。私は、柳君を信頼するよ」

 今まで、どうしても最後の一歩を踏み出せなくて、ごめんなさい。

「そう、私――青海宙こそ「鵺」の正体」

 真っ直ぐ、柳君の瞳を見て告げる。柳君の眼前に姿を晒す。

「源頼政」
「……?」

 鵺の正体をはっきりと捉えた柳君は、黙っていたことについて何を言うのでもなく、唄うように、言葉を紡いでいく。

「頼政を目指してみようか、といつか青海に告げたが、その言葉は撤回しよう」
「どういう、」
「頼政ではいけないんだ。射落としてしまったら、駄目だ」

 再び開かれた瞳に頭の中で警鐘が鳴るが、どうしても反らせない。
 柳君の瞳から零れ落ちて、注がれていく感情。するり、と頬を撫でる手。
 食べられる。

「捕まえたい。捕まえて、俺だけのものにしたい」
「〜〜〜〜〜っ!!」

 この人どうにかしてくれ……!
 このままだと心臓が口から転げ落ちてしまう。いや、転げ落ちる前に、中でパァン!って破裂しそうだ。
 もう、耳どころか首まで真っ赤になっている。絶対に。
 クラクラするけど、これも原因は疲労からの発熱じゃない。
 でも、もう。

 頬に寄せられた柳君の手が微かに、微かに震えていた。
 どうにかしてくれ、と思うことも多々あるけれど、こういう所をひとつ、またひとつ知ってしまうから。
 きっと、鵺であろうと何であろうと、彼の側は幸せな場所になるだろう。
 その手に自分の手を添えた。

「!!」
「……捕まえて。………好きだよ、柳君」



空気に溶けた言葉。
鵺は今、貴方だけのものになる。


END


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