38 物語は、終わりへ。 PC画面に映し出された日付に眩暈を覚えた。 手元のノートと画面を交互に睨みつける。こうして見つめている内に、そこに書いてある内容が勝手に書き換わってくれたらと願うかの如く。だが、これが真実だった。 確かに、衝撃を受けた――否、受けていると言った方が正しい。 だが。 期末テストが終わり、結果が発表された。 1、柳蓮二 2、神鳥綾 3、柳生比呂士 4、玉梓早妃 5、真田弦一郎 6、青海宙 ざわざわとした掲示前。皆、貼り出された結果に悲喜交々なのだろう。上位50名に関係ないと分かっていたとしても、やはり気になってしまうものだ。野次馬根性というのもあるだろうが、高校生はどうしたってテストの結果に振り回されるので、掲示を見ずにはいられない人が多い。そして私は、ついに真田君に抜かされてしまった。 「抜かされた、かぁ」 「青海。大丈夫か?」 「あ、うん。まあ何とか」 壁にもたれ掛かりながら呟く。そんな私をいち早く見つけた柳君が駆け寄ってきてくれたので、笑って答える。 テストが終わってから即座に、ラノベと脚本、そして学園祭の脚本にと集中し始めたのでここ最近寝食が疎かになっていた。 更にテスト終了直後の日曜日には模試があって1日潰れた上、期末テストなので、テストの教科の多さと範囲が広いのも災いした。夜更かししてまでのテスト勉強はあまり意味がないと分かってはいるのだが、どうしても睡眠時間を削ってしまった。なので、執筆に集中する以前から既に睡眠不足気味であり、この夏のじっとりした暑さ。そして、テスト終了後の仕事が決定打となってしまった。 完全に体調を崩したのだ。 体を引きずり引きずり登校はしたが、やはり無茶だったようで保健室に直行してしまった。 少々の体調不良ならば学校で過ごしている内に良くなってくる事が多いのだが、流石に今回はただの無茶と言うか、無謀に近い行為だった。こんなことなら、家で大人しくしていた方が周りに迷惑をかけずに済んだ。自分の浅はかさに臍(ほぞ)をかむ。 「宙」 「大丈夫?」 掲示前で話していたらしい綾と早妃の2人も駆け寄ってきてくれた。もたれかかっていた壁から離れ、2人を笑顔で迎える。 「ついに真田君に抜かされちゃった」 「宙……」 肩をすくめてみせると、複雑そうに笑う早妃。こればっかりは仕方が無いことだ。 「ああ、勿論次は負けないつもりだよ」 「青海」 真田君もゆっくり歩みよってきた。大丈夫か?とやはり心配をかけてしまう。それにも笑顔で答えた。 「見事だよ、真田君」 「いや、ようやく、と言った所か。しかし青海の体調不良につけ込んだようだ」 「それは、違う。私が体調を崩したのはテスト終了後だよ。だから、今回は見事真田君が……勝った、って言うのも変だけれど、とにかく真田君の努力が私にまさったってことだよ」 「……うむ。ならば、次回のテストもよろしくな、青海」 ふ、と笑って次のテストで抜かし返すことを誓った。真田君とはこれからも高校を通じて、こうしてお互いに切磋琢磨していく仲になるだろう。素晴らしい友人を得たと思う。 「宙先輩!師匠〜!」 そこに、相変わらず元気一杯な切原君がバタバタと走ってやってきた。それを恐らくここにいる全員がどこか微笑ましく待っている。思わず可愛がってしまいたくなる後輩だ。 「どうしたの、切原」 「師匠、見て下さい!ジャーン!」 大きな身振りで目の前に掲げられたのは、英語のテストだった。そこには、大きく燦然と輝く点数が記されていた。 71点 その数字すら喜びに満ち溢れて見える。どうだ、凄いだろう?と、数字が言っている。採点をした先生も嬉しかったのだろう。でかでかとした数字。花丸位書き入れたかったかもしれない。 「赤也!」 「はい!」 「良くやった!」 「真田副部長……!」 わしわしと切原君の頭を撫でる真田君。お父さんがここにいる。「良くやったな」と柳君も嬉しさが笑顔からにじみ出ていて、私も、綾も早妃も口々に切原君の努力を褒め称えた。 「宙先輩と師匠のお陰ッス」 「切原がちゃんとやったからね。流石、我が弟子」 「師匠〜!」 ポンと腕を叩く綾と嬉しそうな切原君。この2人、良い師弟だよなぁ。「但し、今回出来たからって、調子に乗ったら駄目だからね」と綾は早速釘を刺している。まあ、綾ならこれからも上手くアメと鞭を使い分けるのではないだろうか。やや鞭が多いだろうけれど。 うんうん、と2人を見ていたのだが、突然、グラリと視界が回りたたらを踏む。 「おっ、と……」 「青海!」 「!!」 とっさに壁に手を付いて体を支えようとするが、その前に、ぐっと柳君に腰を抱き寄せられた。 「!??!」 視界いっぱいに柳君のシャツとネクタイ。強く香る、匂い袋。 「大丈夫っスか?」と切原君が心配してくれている声が耳に届いてはいるのだが、意味を結ぶ前に霧散してしまう。 大混乱だ。落ち着け、落ち着け私!抱き寄せられたのは二回目だし、お姫様抱っこもされたことがある。 ……〜〜そうだった!! お姫様抱っこもされたんだ! 自分を落ち着かせようとしたのが裏目裏目に出る。 あの時はまだ自覚も何も無かったから平気だったんだけれど、今思うと凄いことをされていたし、させていた。今の自分だったら、耐えられるものではない。顔から火が出る。 「あ、綾っ……!早妃!保健室に付いてきて……!」 耳まで赤くなっていくのが分かり、とっさに友人2人に助けを求めて首を回す。 「……柳、連れて行ってくれる?」 「え」 「柳君、お願い」 「え?」 「分かった」 2人が柳君に任せたこと、特に早妃が何も言わずにお願い、と言ったことに吃驚しながら、そのまま柳君に導かれるままに保健室に行く。早妃なら柳君を蹴り飛ばしてでも付いてきてくれると思っていたのだ。その予測は見事に外された。 「大丈夫か?」と気遣ってくれる柳君と微妙に距離をとりながら、友人2人の行動を考えつつまだ赤いままであろう顔を隠して歩く。柳君が「あまり……無理をしないでくれ」と呟いたその声音がまたとても優しく響き、そっと撫でられた頭の感触に追い討ちをかけられた気分だったが、必死になって保健室を目指した。 あれから結局、午後から授業に出たとはいえ、ほぼ一日中保健室で過ごしてしまった。まだふらふらしているのは分かっているし、今日はこのまま帰宅しようか。 普段はしないが、ある程度の私物を学校に置いていくことにして、荷物も極力減らした。 少し自分の席で休憩した後、梅雨の少ない晴れ間にここぞとばかりにミーンミーンと大合唱している蝉の鳴き声を聞きながら、今日の最高気温から下がっただろうとはいえ十分炎天下と呼べる日差しの中へ出る。 じりじりと肌を焼く日差しと、体に纏わりつくような空気。もう少し涼しくなるまで、教室で待機していた方が良かったかもしれない。体調のせいか上手く頭が回っておらず、次々と状況判断を誤っているのが分る。足が重い。鉛を引きずっているような感覚になってきた。 なんとか学校から駅までのちょうど中間位まで到達したので、このまま引き返すより、駅まで歩いてしまった方が良いだろう。 そう思って見上げた道路の先に、逃げ水が見えた。ぶわり、と体から嫌な汗が出てきた。暑さからくる汗ではない。また、判断を誤ったのかも。 くらり、と揺れる視界。黒く塗りつぶされていく風景。 これは、ヤバい。 ガクンと足から力が抜け落ち、道路にへたり込みかけた瞬間、ぐっと腕を引かれた。 「青海!」 「柳、君」 朦朧とし始めた意識にも、彼の声はゆっくりと染みこむように聞こえた。何故か、いつも、柳君は私が危機に瀕している時に現れてくれる気がする。それこそ、まるでヒーローみたいに。ふ、と場に似合わず笑みが零れ落ちたけれど、直ぐに掻き消えてしまった。 それからは、抱き起こされた後に柳君が呼んだのであろうタクシーに詰め込まれ、鍵の場所を聞かれたから、わざわざ部屋まで運んでくれたのだろうことは分かったが、そこから意識がプツンと途切れてしまったのだった。 |