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過激にも程があるだろうよ。



 この傘、お気に入りだったんだけれどなぁ、と傘の柄を握り青岸に構えながら場にそぐわぬことを考えていた。


 天気予報は、午後から雨と言っていたが、見上げた空は晴れ。3時頃に一時的に曇天にはなったのだが、泣き出すまでには到らずにそのまま光が差し込んだのだ。
 周りでは「天気予報の嘘吐き!」との声がまま聞かれたけれど、予報は予報である。それに、傘は確かに邪魔だけれど、いきなり雨に降られるよりマシだと思う。



 それに気付いたのは全く僥倖、と言って良かった。帰り際、リップクリームが切れていたことに思い至り、学校裏のコンビニに立ち寄った。そして近道とばかりに人気のない公園を突っ切ろうとした時である。
 違和感を感じた。ピリピリとした違和感。それが、この時期爛漫であるはずの虫の音が、殆どと言って良いほど静まり返っているのだ、と気付き、とっさに身構えた。
 こんな過激派がいるとは流石に思いも寄らなかった。

 わらわらと出て来た、いかにも柄が悪いです!というお兄さん達と、手に持っている俗に言うエモノに目をやり何とも言えない脱力感に襲われた。なんなんだ、もう。
 「お手紙」を読んでいた理由。力に訴えてくる人物がいないか、その確認だったのだけれど、招待状もしくは果たし状?を親切に送ってくれはしなかったようだ。闇討ちだね、これは。

「木刀はちょっと。骨が砕けるんだけど」

 ……どこかのお土産?
 漫画とかに良く出てくる鉄パイプとか、釘バットよりはマシなのか?いや、木刀は骨が砕けるから勘弁して欲しい。竹刀なら良かったのだが、刃物を持ち出さなかっただけマシとしておこうか……。

「余裕じゃねぇか、お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃん……」

 目の前の極彩色の髪と服を着こなした目に優しくない人達は、どう見ても同い年位だ。お嬢ちゃん、と来るとは。もしかして、凄い童顔とか。

「青海宙、だな?」
「人違いです、で切り抜けられる雰囲気ではないですよね」
「写真があるからな」

 良く見えないが、手に持つ紙は中学校の卒業アルバムのコピーとみた。もうこうなったら、理由も明々白々である。

「理由は分かってるか?」
「あ〜、ファンクラブ絡み」
「ビンゴ。察しが良いな?ちょっと可哀想だとは思うが、痛めつけてやってくれってお願いされたんだよ。ま、俺達を恨まないでくれよな」

 そんなニヤニヤした表情で言われても。
 見事に囲まれているので、瞬発力にものを言わせて振り切っても、持久力がないからすぐ捕まるだろう。叫ぶ、のも無理だよなぁ……人家が遠い。学校は部活動の声で遮られるだろう。
 苦笑がもれそうになるのを堪える。ああ、厄介な事になってしまった。数ヶ月前なら、とにかく柳君に興味なんて全く無いと言い切ってしまえたのに。でも、今ではその言葉は言えない言葉になってしまった。言えない、のではなくて、言いたくない、のか。
 代わりに溜め息をひとつ零して、荷物を置き傘を持ち直した。天気予報のお姉さん、傘、役にたちましたよ。
 脱力して青岸に構える。
 ざわっとした空気に、笑みを落とす。

「あまり、舐めないで貰いたい」



 それを見つけたのは全く僥倖、と言って良かった。

「なんじゃ、あれ」

 仁王と弦一郎と俺の3人で校内を歩いていた時だ。仁王が窓の外に何かを見つけた。

「……青海ではないか?」
「何?」

 最初、取り立てて興味もわかずに通り過ぎようとしたが、弦一郎の口から出た名前に立ち止まる。

「ああ、確かに青海に見える……なんか囲まれとらんか」

 仁王がなぜ青海を知っている?そんな疑問も浮かんだが、囲まれている、という言葉にそんな疑問は霧散して、窓に駆け寄った。
 俺は、2人に比べて視力が悪い。しかし、青海を見間違えることはないと誓える。確かに、あれは青海。
 何を、している?
 何を、されようとしている?

「蓮二!」

 青海が傘を構えるのが見て取れた。弦一郎に叫ばれるまでもなく、俺はその場を駆け出した。あれは、裏の公園だ。
 間に合うか?否、間に合わせる。

「仁王は職員室に行け!俺は蓮二を追いかける!!」
「了解!」

 弦一郎の怒鳴り声を背に、俺は駆ける。



 ピュー、と口笛を鳴らしながら、緑色の髪の男が「こいつ、やる気だよ」と嘲笑った。
 その男に一瞥をくれながら、緑色の髪って光合成出来そうだよな、と頭の片隅で考える。広葉樹なら頭髪は秋に美しく紅葉するのだ。針葉樹なら緑のまま。下らない事を考えて、ふ、と笑う。どちらにしても地球に優しい。
 それを馬鹿にされた、ととった緑色さんはカッ!と顔を赤くすると、「この野郎」と言いながら突っ込んできた。
 かかった!
 何の策も弄さず、愚直に木刀が振り下ろされる。
 すかさずその打ちを外し、腰を落とし、膝のえましの力でもって相手の手を打った。
 手を打たれた衝撃か、木刀がカラカラと地面に落ちた音が響く。

 さわり、と空気が揺れた。
 まさか、と。ただの帰宅部の一介の女子高生、痛い目に合わせるなど楽勝だと考えていたのだろう。

 囲む人達に視線を巡らして動きを制す。
 思いも寄らない反撃に怯んだ彼らは、遠巻きに私を見ている。さきほどは、「なめるな」なんて格好つけたけれど、是非なめて頂きたいのが本音なのだけれど。
 残念ながら、昔とった杵柄は生来の体力の無さから限界が見えている。全員を相手にすることは無理だ。強い集中はそれだけ体力を消耗するのだ。
 じりじり、と輪が狭まる。
 あちらも時間をかけたら不利だと分かっているので、早く何とかしたいのだろう。
 なんだってこんなことになってるんだ、とか、大事になりすぎだ、とか、傘と木刀ってどうなの、とか今更ながら思う。それにかなりピンチだ。震えそうな手と足を叱咤し、否定的な考えを押しやった。全員を相手にする必要など無い。とにかく、学校に逃げこめば良いのだから。

 城郭勢に構えなおす。傘の先が動いたのを合図に、数人が打ち込もうと突っ込んできた。

「止めんかァアア!!!!」

 響き渡った怒号に心臓が止まった。続いて私の目を覆ったのは、梔子色と漆黒。
 広い背中。
 誰、と考える前に広がった香りに泣きたくなった。
 柳君。
 あの柳君が、1500m走でも涼しげな顔をしていた柳君が肩で息をしている。

「失せろ……!」

 放たれたその言葉には、明確な怒りが込められていた。こんな柳君の声音は聞いたことがない。まるで吐き捨てるような。

「もう一人が今、教員を呼びに行っている」

 怒号だけを先行させ、遅れて現れた真田君も、怒りを露わにしていた。
 その2人に気圧されたのか、はたまた教員の言葉が効いたのか、私を囲んでいた人達は悪態をつきながらも走り去っていく。

 ほっとして、一気に力が抜け落ちた。傘が手から滑り落ち、崩折れそうになった体を柳君が支えてくれる。

「ご、めんなさい……」
「間に合って良かった……っ」

 絞り出すような柳君の言葉。
 ぐっ、っと胸が詰まった。

「本当に、良かった……」
「ごめん、なさい」
「違う。謝るのは俺の方だ。……ファンクラブ絡みだろう?守ると言ったのに。ここまで過激な手に出ると予測できなかった。……青海に最初に気付いたのも仁王だった」
「……柳君は守ってくれたよ」
「青海、」

 柳君に落ち度は何一つ無い。
 柳君の腕に支えられ、若干震えているようなその声を聞きながら私は目を閉じ思う。
 安心するのだ。彼の側は。最初は色々あったけれど、一緒にいるのが当たり前になって、一緒にいるのが嬉しさに変わって。彼の側は幸せな場所。

 ああ、そうだ。もう、認めよう。
 私は柳君が好きなんだ。

 色々な思いが、ストンと心に落ちてきた。
 時代小説第一巻目『鵺鳥の』は「片恋」にかかる枕詞でもある。それ以前に、鵺である私が、源頼政である柳君を好きになってしまった。
 何と言うか縁起が悪いなぁ、とこんな状況の中頭の片隅で笑ってしまう。
 そこまで考えて、思考を遮断した。あれこれ考えても詮無いことだった。

「真田君も、ごめん」
「気にするな。それより、大丈夫か?」
「……うん」

 仁王君と、男の先生が数人駆けてくるのが目に入った。



あともう少し、このままで。



*****
 今回の作品中に出てくる「青岸」は剣道における「正眼」ではないか、と多くの方からご指摘を受けました。
 まさに同じです。
 ですが、「正眼」は剣道の公式用語(?)としてわざと外しました。
 主人公は剣道を習っていたのではありません。次回で分かるかと思います。一応、その流派の現代に書かれた教本を読み、その教本通り(江戸時代から伝わる記述そのまま。写真版絵巻で確認しました)に今回は記述しております。

 因みに、「正眼」「青眼」「青岸」すべて同じです。近代になって、¨正しい漢字¨が公式に誕生しますが、それまでは漢字は適当です。音さえ合っていればいいや、というノリがあります。ですから、皆正しい漢字となります。
 長々と失礼いたしました。

 ロデム


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