33 笑いすぎだと思うし、失礼なんじゃなかろうか。 ポカーンとしているしかなかった。 柳君と真田君、それに柳生君と切原君に、日曜日に練習試合がちょうど立海で行われるので見に来て、と口々に言われた。見に行ってみようと思った事もあるし、ちょうど良い機会だ、と綾と2人で来てみた。早妃は部活動で不参加。 まず、ギャラリーが吃驚する位多い。しかも女子ばっかりなのには笑いを禁じ得なかった。勿論、私と綾もその一員である。 もう夏だ。じりじりと日差しが肌を焼くし、汗ばんだ肌を攫う風も生温い。今日は天気が良いので、遠くにはもくもくと入道雲が浮かんでいた。 そんな汗ばむ陽気の中、ギャラリーもただ立って見ているだけではない。凄まじい応援合戦を展開している。このやや一方的な応援合戦にも吃驚した。 吹き荒れるコールの嵐。 今日は、立海と氷帝の練習試合なのだ。 しかも、現在は真田君とあの跡部君(名前、覚えてた!)の試合で、こう言うと非常に失礼なのだけど、人外の試合が繰り広げられている、ように見える。少なくとも私には。 ポカーンと見ているしかないのだ。 また、試合前の跡部君の行動にもポカーンとなった。なにアレ。ギャラリーも心得たもので、ピッタリと息が合っている。練習とかしたんだろうか……。毎試合あんな事をしているんだろうか……。 とにかく、さっきからポカーンとしっぱなしである。 私達がいるのは勿論立海サイドで、ずっと真田君への皇帝コールが響いているのだけれど、悲しいかな、「こうてい」と「ひょうてい」の音が似すぎている。 全てのコールが数で勝る氷帝にしか聞こえなくなっていた。 まさかのアウェイ感。 そんな中で、うわぁ、跡部君がキラキラしながら舞い上がった、と試合を見ていると切原君がフェンスを挟んだ向こうから駆け寄ってきた。 「宙先輩、来てくれたんスね!」 「こんにちは、切原君。うん、約束したからね、来ましたよ」 「俺の試合、見てくれました?」 「見たよ〜。圧勝だったね」 「当然ッス!」 何でも試合相手は二軍だったので、勝つのが当たり前だとか。それでも、普段の天真爛漫な切原君しか知らない私は、試合中の真剣な表情に驚いたものだ。しかも、かなり好戦的だったし。 「で、師匠は何でうずくまってるんスか?体調崩しました?」 実は綾が先程から横でうずくまっているのだ。 「うーん、跡部君を見た瞬間に「げ」と言葉を発し、試合前に跡部君が指鳴らしてパフォーマンスしたでしょ?ジャージ脱ぎ捨ててさ、「俺様の美技に酔いな」って。あそこで「無理……っ」って言ってからずっとうずくまってる」 「結局、大丈夫なんですか?」 「大丈夫って言うか、爆笑してるねコレは」 「爆笑……」 そうなんだ……。と顔に書いてあるのが読み取れる。私もちょっと困惑している。綾がここまで感情をあらわにすること自体珍しい。確かに衝撃的というか一度見たら忘れられない光景を拝ませてもらったことに間違いはないのだが、一体どうしたというのだろう。 「……宙先輩も師匠も跡部さんのこと知ってるんですね」 「ああ、私はちょっと吐いたことが……」 「は?」 ぽかん、とした表情の切原君。当たり前だ。 「いや、数ヶ月前、立海に跡部君が来た時にちょっと迷惑をかけまして」 「かけられたんじゃなく?」 訝しげに「かけられたんじゃなく?」って聞かれるとは思わなかった。一人称が俺様だし、綾ではないが思わず失笑が漏れてしまったパフォーマンス一つ取っても、跡部君ってどういう人なのかちょっと掴みかねる。でも、ああいう言動をとったら普通は反感を思いっきり買うだろうから、それが許される位中身も伴っているのだと思うのだけれど。 「かけましたね、あれは」 「ふーん。……師匠は?」 「どうなんだろう、知ってるんだろうけど、どういう繋がりかは……」 「いわゆる社交界、だろうな」 切原君と2人で首を捻っていると、柳君がやってきた。ふっ、と目があった瞬間に笑ったその表情と柔らかな雰囲気にドキッとした。 「……こんにちは柳君」 「こんにちは」 平静をなんとか取り戻しつつ、柳君の一言に思いつくものがあったので聞いてみる。 「あ〜、もしかしなくても跡部君ってあの「跡部」なの?」 「そうだ。しかもコンツェルンの跡取りだな」 「なるほど……」 「ちょっと、2人で納得してないで俺にも教えて下さいよ!」 今度は柳君と2人で納得していると、切原君が怒ってしまった。すかさず柳君が説明を始める。 「神鳥家は跡部ほど大きな資本を持っている訳ではない。しかし、日本古代から最高格を有した家柄だ。日本国内限定ならば、社交界で神鳥家に逆らえば、それだけでもうどの社交場にも出られなくなる」 「……話について行けない……」目を真ん丸くして、思わず口から零れ出たのであろう切原君の台詞に苦笑いする。綾は未だに横でうずくまって笑っていて、彼女にとってそれほど衝撃的なシーンだったんだろう、ということが窺い知れた。 「吃驚な話ではあるよね……。立海ではあまり知られてないけど、綾はそこの直系長子で、家は弟さんが継ぐけれど、それでもやっぱり凄い影響力があるみたい。綾が語学堪能な理由もそこにあるんだよね。教養、ってやつらしい」 「…跡部さんも凄い金持ちだし、その社交界ってやつで顔見知りってことですか?」 「多分ね」 「は〜、ついて行けない世界だ……。……でも、師匠は師匠っスよね!」 ニコッと笑う切原君を撫で回したくなった。そう、それでも綾は綾。 「そうだね」 その後、柳君と切原君の解説で、やたらキラキラしい跡部君と漫画?って程全身からオーラをほど走らせている真田君の試合を楽しんで見ることが出来た。とにかく、凄いの一言だ。 真田君の動きに居合いのような動きがあったので、柳君に尋ねると、まさにその通りだそうだ。他にも、古武術の動きを取り入れている選手もいるらしくて、一口にテニスと言ってもとても奥深いものなんだと勉強になった。しかし、コレが普通のテニスだと思って良いのかは少し疑問。 無事に試合が終わり、小休止になった。 「あ、跡部君がコートから出るみたいだね。私、ちょっと話してくる」 あの吐いた一件について謝罪をしたいと思ったのだ。 「宙、私も行く」 「大丈夫なの?」 「ん、平気」 ようやく復活した綾と一緒に人をかき分けて跡部君を目指す。だけど、近付けば近付く程に女子集団の層が厚くなっていくので、話かけようと思った心が折れていく。 うわ〜、跡部君凄く邪魔そうな顔してるわ……。また後にしようかな、そう思った瞬間だった。 「ばーか!!」 「!?」 美しい声でありながら、そこには笑っちまうぜ!!という音が確実に混ざっていた。場の空気が一瞬にして凍り付く。その中、優雅に軽やかに前に進み出た人物。もう誰かお分かりだろう。 投げかけた言葉に反して、優雅に一礼をするその姿は普段の彼女からは想像がつかないが、まさにお嬢様の一言だ。 「ご機嫌よう、景吾様」 「げ、……なんでここにお前がいるんだ神鳥、綾」 「ここは立海ですもの。私がいてもなんら可笑しくありませんわ」 物腰とともに変わったその口調に、一瞬目の前の人は誰だ、と思ってしまった。けれど間違いなく綾。さっきは切原君の一面に吃驚したけれど、今は綾の一面に吃驚する。 そして、跡部君が神鳥、と呼んだ途端に空気がざわついた。 「しかも、言うに事欠いて俺様を馬鹿呼ばわりとは……」 「熊のぬいぐるみ」 「…………」 何やら、綾が放った言葉はキーワードらしい。途端に跡部君が押し黙る。今の立ち位置では綾の表情が見えないが、中学から友人なのだ。すっごい良い笑顔だというのが手に取るように分かる。見事に一方的。 「ふふ、それに、試合前にあれだけ仰々しいパフォーマンスをなさっておきながら……み、見事に、ま、負け、てるから……っ、ダメだ、限界……っ」 私にもたれ掛かりながら再び大爆笑しはじめた綾様。素晴らしい笑いっぷりだ。 跡部君は苦々しい表情で綾を見つめていたが、ふと、綾にもたれ掛かられている私を見やり、驚いた顔をした。 「お前は……」 「お久しぶりです。改めまして、青海宙と言います。あの時は、本当にご迷惑をおかけしました」 この機を逃さずにすかさず、挨拶をする。綾がもたれ掛かっているので深いお辞儀は出来ないが、頭はしっかり下げる。 「……いや、「近付くな」と注意されたにもかかわらず近付いた俺にも非がある」 「吐瀉物も片付けさせてしまいました」 「あれは……柳が……」 すぐに「なんでもねぇよ」と跡部君が呟く。私の耳が拾った言葉が間違いでなければ、やっぱり柳君が一枚噛んでいるようだ。柳君……。 とにかく、「ありがとうございました」と言葉を重ねると、「気にすんじゃねえ」と苦笑しながら言われた。 「お、どちらさん?」 「忍足」 すると、丸縁メガネの男子が顔を出した。忍足君、というらしい。跡部君が簡単に説明すると納得したようで、興味深々な雰囲気で話かけてきた。 「自分が跡部に「近付くな」って変質者扱いした上に、目の前で吐いた子か」 「その通りです。素晴らしい要約です」 「一応話は聞いとったからな、どんなやつやろうって興味あったんや」 「こんなやつです」 「しかも、跡部に片付けさせたんやろ?ありえへんわ」 うわ〜、改めて第三者から自分の犯した所業を聞くと、穴に入ってしまいたくなる。 そりゃ、どんな奴って気になるのも道理だ。「おもろいな、自分」そう言って、忍足君は笑った。面白いって、この場合は複雑な評価だ……。 「で、視線一つで色々押さえ込んどるそちらさんは?」 「え?ああ、綾ですか?」 押さえ込んでるって何を?と思ったが、跡部君が簡単に説明すると何かまた納得したようだった。 「自己紹介が遅れたけど、忍足侑士や」 「青海宙です」 「これから色々よろしゅうな?」 「え?あ、はぁ」 そんなに接点出来ないと思うんだけどな……。 |