30 重なるときは重なるけど、これはないでしょ、神様。 シナリオの内容をどうしようかな、と考えながら司書室で小破本の修理を手伝っていた。専用テープで背表紙などを補強していく。 今でこそ立海はバーコードリーダー式だが、結構最近までカード式だった。ボロボロになってしまった本の裏表紙の裏(ちょっと変な表現だ)にあるそんなカードには、沢山の歴史が詰まっている。 多くの人に借りられた本、あまり借りられた形跡のない本。吃驚する位、昔の年号がかかれたカード。toYと書かれた不思議なカードも見つけた。この本一冊一冊に多くの物語がある、そう考えると本が愛おしく思える。 不意にコンコン、と規則正しいノックの音。「はい」と返事をすると、ガラガラと扉を開けて現れたのは柳君だった。 「すみませんが、この本を……青海か」 「柳君」 「司書さんはどうした?」 「用事で席を外してる」 図書室での一件以来、実は柳君と2人きりになるのを極力避けていたのだが、図書室はどうもそういうスポットらしい。 まぁ、お互いに図書室には足繁く通うので、当たり前と言えば当たり前だ。 「どうしたの?」 「ああ、この本なのだが司書室にあると聞いてな」 小さなメモ用紙に綺麗な文字で本のタイトルが書かれていた。 「この本なら、さっき修理した所だよ。え〜っと、これかな」 修理が終わった本の山から、本を一冊抜き取る。地理学の本か……。相変わらずの博覧強記っぷりだ。 「それだ。ありがとう」 「どういたしまして。他に何か用事はある?」 「いや、ないな」 「部活でしょ?頑張ってね」 「ああ。ありがとう」 フッと笑って司書室から出て行こうと背中を見せた柳君に、こちらはフッと肩の力が抜けた。どうも緊張していたようだ。 途端、携帯が鳴り始める。 肩の力が抜けた所だったので吃驚した。と同時にこれは仕事用の携帯だと音で分かった。仕事用の携帯は「16:30までは絶対かけてこない」という約束の下に、マナーモードにしていないのだ。 因みに、音楽は某有名ハリウッド鮫映画である。迫ってくる!というあの音楽。この場合、迫ってくるのは〆切りであるが。 時計を見ると16:30。何かあったのだろうか。 「青海……」 「ご、ごめん」 「それに、この音楽はなんだ……」 「いや、あの」 私のセンスが疑われた瞬間。 しかも、わざわざ振り返って咎められた。携帯の持ち込みは許可されているが、鳴らすのは勿論校則違反だ。真田君ほどではないが、柳君もこういうことは真面目に守る。私も普段は校則違反をしないが、今回は例外だ。 「見逃してくれると有り難いな〜、と」 「貸し、ひとつだ」 「う……柳君に貸しを作るのは非常に怖いんだけど……仕方がない」 「交渉成立だな。……早くとってやれ。人喰いザメが迫りきったは良いが、青海に放置されて困っているぞ。……俺がいると話し難いなら、出て行こう。じゃあな」 「あ、うん。じゃあね。部活頑張ってね」 ひらひらと手を振って、直ぐに携帯に飛び付いた。 「はい、青海です。出るのが遅れてすみません」 『あ、良かった繋がった〜。早速なんだけど、脚本書いて欲しいんだけ……』 ブチッ。 ツーッツーッ。 「……………」 思わず電源ボタンを押してしまった。 何か、物凄い面倒な言葉が聞こえたような。脚本……? 携帯を凝視する。脚本……? すると、サメがまた迫って来た。もう来なくて良いよ……。 「……」 『何で切るの!』 「いや、幻聴が」 『幻聴でも夢でもないよ!』 「いや、冗談でしょう?Are you kidding?」 『冗談でもないから。現実だから』 「何がどうなってそういう話になるんですか」 『『優曇華の花』がTVドラマ化することになって、監督からの「脚本は是非作者に」っていう熱いラブコールによってこういう話になった』 「ラブコール!?」 『そう。それはもう熱心で。ということで日曜日空いてる?』 「熱心って……。日曜ですか?空いてますよ」 『9:30に会社に来てね』 「……拒否権はないのか」 『あ、そうそう。頼まれたものも手に入ったから。取りに来てね』 「……分かりましたよ、伺えば良いんですね」 ブチッと電源ボタンを押す。 何故だ。何故こうも仕事が重なるんだ……。 ハァアア。と深くて重い溜め息をついた。とにかく、時代小説の次作を延ばして貰えるなら考えよう。後はその脚本の〆切り如何だ。 「ごめんね〜、ちょっと手間取っちゃって」 あ〜、どうしよう、と頭を抱えていると、この部屋の本来の主が帰ってきた。 「どうしたの、宙ちゃん」 「ちょっと、面倒なことに……」 「増えたの?」 「……そうなんですよ……!何がしたいんですか!?過労死させる気ですか!?学園祭のも被ったし……!」 うわーっと、机に突っ伏す。 司書さんは私の正体をしっかりとご存知だ。司書室に籠もって小説を執筆したことがあるし、便宜をあれこれと図ってくれる。 「……頑張って……」 「出来るなら断りたいんですがね。無理だろうなぁ……ウフフ」 空が青いなぁ……。もう夏が始まるんだなぁ。あ、あの雲ちょっと美味しそうかも……と司書室から見える空に精神を飛ばした。 「ああ、そう言えば、柳君って来た?」 「え、はい。本を探してました。ちょうど修理を終えた所だったので、渡しましたけど。もしかして、いけませんでしたか?」 「それは良いんだけどね。……じゃあ、何してたんだろう」 「はい?」 何してたんだろう、って何。 「戻ってきたときにね、司書室のドアにペッターってくっついてて」 ペッター、ってヤモリかい。どれだけくっついてたの柳君。凄く笑える構図じゃないか。 って言うか、それってもしかしなくても、 電話、聞いてた? 「声かけたら、どっかいっちゃったんだけど」 まるっきり行動が不審者だ。 決定的なことを口走ったりはしていないと、思う。 昔とった杵柄で気配には敏いけれど、流石に普段からそんなに気を張ってはいないから、気付けなかった。 「…………」 「厄介な人に好かれたよねぇ」 「……好かれたっていうより、興味本位な気がしますよ?」 「柳君もそんな暇人じゃないでしょ」 「それは、そうですけど……」 確かに柳君は暇人ではないのだが。 好かれた? どちらかと言うと憐れむに近い司書さんの表情は、友情で片付けられますよ、と笑って済ませならない雰囲気な気がする。 好かれた、って、いや、まさか。 「話しちゃえば良いのに」 「…………」 「柳君なら、宙ちゃんの力になってくれるだけの知識があるじゃない」 「、」 「綾ちゃんとか、早妃ちゃんに話したのと一緒でしょ」 一緒? 本当に、一緒なのだろうか? 「もし違うなら、何が違うんだろうね」 司書さんの言葉が、禅問答のように難解に感じた。 |