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重なるときは重なるけど、これはないでしょ、神様。



 シナリオの内容をどうしようかな、と考えながら司書室で小破本の修理を手伝っていた。専用テープで背表紙などを補強していく。
 今でこそ立海はバーコードリーダー式だが、結構最近までカード式だった。ボロボロになってしまった本の裏表紙の裏(ちょっと変な表現だ)にあるそんなカードには、沢山の歴史が詰まっている。
 多くの人に借りられた本、あまり借りられた形跡のない本。吃驚する位、昔の年号がかかれたカード。toYと書かれた不思議なカードも見つけた。この本一冊一冊に多くの物語がある、そう考えると本が愛おしく思える。

 不意にコンコン、と規則正しいノックの音。「はい」と返事をすると、ガラガラと扉を開けて現れたのは柳君だった。

「すみませんが、この本を……青海か」
「柳君」
「司書さんはどうした?」
「用事で席を外してる」

 図書室での一件以来、実は柳君と2人きりになるのを極力避けていたのだが、図書室はどうもそういうスポットらしい。
 まぁ、お互いに図書室には足繁く通うので、当たり前と言えば当たり前だ。

「どうしたの?」
「ああ、この本なのだが司書室にあると聞いてな」

 小さなメモ用紙に綺麗な文字で本のタイトルが書かれていた。

「この本なら、さっき修理した所だよ。え〜っと、これかな」

 修理が終わった本の山から、本を一冊抜き取る。地理学の本か……。相変わらずの博覧強記っぷりだ。

「それだ。ありがとう」
「どういたしまして。他に何か用事はある?」
「いや、ないな」
「部活でしょ?頑張ってね」
「ああ。ありがとう」

 フッと笑って司書室から出て行こうと背中を見せた柳君に、こちらはフッと肩の力が抜けた。どうも緊張していたようだ。

 途端、携帯が鳴り始める。
 肩の力が抜けた所だったので吃驚した。と同時にこれは仕事用の携帯だと音で分かった。仕事用の携帯は「16:30までは絶対かけてこない」という約束の下に、マナーモードにしていないのだ。
 因みに、音楽は某有名ハリウッド鮫映画である。迫ってくる!というあの音楽。この場合、迫ってくるのは〆切りであるが。
 時計を見ると16:30。何かあったのだろうか。

「青海……」
「ご、ごめん」
「それに、この音楽はなんだ……」
「いや、あの」

 私のセンスが疑われた瞬間。
 しかも、わざわざ振り返って咎められた。携帯の持ち込みは許可されているが、鳴らすのは勿論校則違反だ。真田君ほどではないが、柳君もこういうことは真面目に守る。私も普段は校則違反をしないが、今回は例外だ。

「見逃してくれると有り難いな〜、と」
「貸し、ひとつだ」
「う……柳君に貸しを作るのは非常に怖いんだけど……仕方がない」
「交渉成立だな。……早くとってやれ。人喰いザメが迫りきったは良いが、青海に放置されて困っているぞ。……俺がいると話し難いなら、出て行こう。じゃあな」
「あ、うん。じゃあね。部活頑張ってね」

 ひらひらと手を振って、直ぐに携帯に飛び付いた。

「はい、青海です。出るのが遅れてすみません」
『あ、良かった繋がった〜。早速なんだけど、脚本書いて欲しいんだけ……』

 ブチッ。
 ツーッツーッ。

「……………」

 思わず電源ボタンを押してしまった。
 何か、物凄い面倒な言葉が聞こえたような。脚本……?
 携帯を凝視する。脚本……?
 すると、サメがまた迫って来た。もう来なくて良いよ……。

「……」
『何で切るの!』
「いや、幻聴が」
『幻聴でも夢でもないよ!』
「いや、冗談でしょう?Are you kidding?」
『冗談でもないから。現実だから』
「何がどうなってそういう話になるんですか」
『『優曇華の花』がTVドラマ化することになって、監督からの「脚本は是非作者に」っていう熱いラブコールによってこういう話になった』
「ラブコール!?」
『そう。それはもう熱心で。ということで日曜日空いてる?』
「熱心って……。日曜ですか?空いてますよ」
『9:30に会社に来てね』
「……拒否権はないのか」
『あ、そうそう。頼まれたものも手に入ったから。取りに来てね』
「……分かりましたよ、伺えば良いんですね」

 ブチッと電源ボタンを押す。
 何故だ。何故こうも仕事が重なるんだ……。
 ハァアア。と深くて重い溜め息をついた。とにかく、時代小説の次作を延ばして貰えるなら考えよう。後はその脚本の〆切り如何だ。

「ごめんね〜、ちょっと手間取っちゃって」

 あ〜、どうしよう、と頭を抱えていると、この部屋の本来の主が帰ってきた。

「どうしたの、宙ちゃん」
「ちょっと、面倒なことに……」
「増えたの?」
「……そうなんですよ……!何がしたいんですか!?過労死させる気ですか!?学園祭のも被ったし……!」

 うわーっと、机に突っ伏す。
 司書さんは私の正体をしっかりとご存知だ。司書室に籠もって小説を執筆したことがあるし、便宜をあれこれと図ってくれる。

「……頑張って……」
「出来るなら断りたいんですがね。無理だろうなぁ……ウフフ」

 空が青いなぁ……。もう夏が始まるんだなぁ。あ、あの雲ちょっと美味しそうかも……と司書室から見える空に精神を飛ばした。

「ああ、そう言えば、柳君って来た?」
「え、はい。本を探してました。ちょうど修理を終えた所だったので、渡しましたけど。もしかして、いけませんでしたか?」
「それは良いんだけどね。……じゃあ、何してたんだろう」
「はい?」

 何してたんだろう、って何。

「戻ってきたときにね、司書室のドアにペッターってくっついてて」

 ペッター、ってヤモリかい。どれだけくっついてたの柳君。凄く笑える構図じゃないか。
 って言うか、それってもしかしなくても、

 電話、聞いてた?

「声かけたら、どっかいっちゃったんだけど」

 まるっきり行動が不審者だ。
 決定的なことを口走ったりはしていないと、思う。
 昔とった杵柄で気配には敏いけれど、流石に普段からそんなに気を張ってはいないから、気付けなかった。

「…………」
「厄介な人に好かれたよねぇ」
「……好かれたっていうより、興味本位な気がしますよ?」
「柳君もそんな暇人じゃないでしょ」
「それは、そうですけど……」

 確かに柳君は暇人ではないのだが。
 好かれた?
 どちらかと言うと憐れむに近い司書さんの表情は、友情で片付けられますよ、と笑って済ませならない雰囲気な気がする。
 好かれた、って、いや、まさか。

「話しちゃえば良いのに」
「…………」
「柳君なら、宙ちゃんの力になってくれるだけの知識があるじゃない」
「、」
「綾ちゃんとか、早妃ちゃんに話したのと一緒でしょ」

 一緒?
 本当に、一緒なのだろうか?


「もし違うなら、何が違うんだろうね」



司書さんの言葉が、禅問答のように難解に感じた。


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