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恐怖の昼食時間再び。三度目がありませんように……!



「ありがとう、柳生君。凄く助かったし参考になりました」
「いえ。私でよろしければいつでも相談に乗りますので、お気になさらず。……海原祭が今から楽しみです」
「柳生君、プレッシャーだからね、それは。第一、ミステリ愛読者の柳生君を楽しませる自信が……」
「ふふ」

 私が頭を抱えている左隣で、柳生君は上品に笑っている。
 お昼休み、「宙せんぱ〜い!」と喜色満面の笑みで切原君が英語の教科書と、お昼ご飯であろう、山盛りのパンを持ってクラスにやってきた。そして、真田君か柳君のどちらかに携帯で呼び出されたのか、柳生君もお弁当持参でやってきた。
 そこで、切原君に英語を教える傍らで私は柳生君にミステリについて教わっていたのだ。
 柳生君がミステリ好きなのは図書委員をやっていれば分かる。でも、違うクラスだし海原祭ではそれ即ちライバル。それでも駄目もとで聞いてみたら、快く承諾してくれたのだ。
 今回は綾と早妃も一緒にご飯を食べているので、私と柳生君が抜けても切原君の教え手には事欠かない。それに。

「見て下さい、師匠!」
「どれどれ」

 これだ。
 最初、切原君は桑原君の一件でシバかれた過去を持っているので露骨に綾に怯えていた。中学生の時の話なのだが、よっぽど怖かったのだろうか……。綾が何をしたのか気になる所だ。
 だけど現在では、学校一、と言っても過言ではない綾の語学力に「師匠!」と呼ぶほど尊敬の念を抱いているようだった。
 「いつの間に弟子入りを……」と綾に聞いたら、「いつの間にか」と返された。満更でも無い感じだが。

「出来た!」

 やった!と右隣で嬉しさが元気良く弾け飛んでいくような笑みをみせる切原君。
 その笑顔は見ているこちらまで元気にしてくれる笑顔で、こういう所がなんだかんだと皆が世話を焼いて可愛がる一因なんだろうな、と思う。

「随分マシになってきたわ」
「ホントっスか!?師匠!」
「うむ。良くやったな」
「ええ、実際切原君は良くやっていますよ」
「最初と比べるとね」
「うん、頑張ってる」

 口々に褒められて照れている切原君の癖のある髪をよしよし、と撫でた。男子高校生にやることじゃないかな、と思ったけれど、当の切原君は嬉しそうだから良いか。弟が出来た感じ。

「……青海!!」
「うわ、はいっ!」
 切原君の頭を撫で回していると突然、それまで沈黙していた柳君が声を荒げたので、驚いて変な返事をしてしまった。

「びっくりした……、なに?」
「いや……」
「なに、用も無いのに宙のこと呼んだの?」
「早妃、分かってるでしょ……」
「狭量な……!」
「今に始まった話じゃないわ」

 早妃がなかなか用件を言わない柳君に噛み付き、続いて綾が何やら哀れむような表情で軽く首を横に振りながら早妃の肩をぽん、と叩いた。「分かってあげないと、かわいそうよ」と言っている。

「ちょっと待って、話が見えないのは私だけ?狭量って何が?……柳生君、笑ってない?肩、プルプルしてるんだけど」
「俺も分かんないっス」

 全く話が見えずに困惑していると、隣で柳生君が肩を震わせているのに気が付いた。どうも柳生君は話がしっかりと見えているようだ。一方で切原君は私と同じで話に付いていけていない。

「い、え……っふ、大、丈夫です。失礼、し、ました……っ」
「柳生、笑ってやるな」
「??」
「…………」

 真田君も分かっているらしい。柳生君はよっぽどツボに嵌ってしまったようで、肩の震えがなかなか収まらない。私は切原君と2人、頭の上に?を乗せている。え、何がそんなに面白いんだ。当の哀れまれたり爆笑されたりしている柳君は一番遠いのだが、憮然としているように見える。

「……そう言えば」
「話をすり替えた」
「……」
「そう言えば?」

 結局、何?と聞ける雰囲気ではないので聞くことも出来ず、良く分からないままになってしまった。ただ、現在柳君がからかわれていることは分かるので、助け舟を出すことにした。

「『優曇華の花』なのだが」

 ………。一瞬、殺意が湧いたのを誰も責めはしないと思う。あろうことか助け舟に乗って、攻め込んで来やがった……!
 私、綾、早妃が一様に押し黙る。

「『優曇華の花』がどうかしたのですか?」

 あれ程爆笑していた柳生君がそれはもう素早く復活した。もうちょっと爆笑していても全く構わないと言うか、爆笑してて下さい。

「ああ。読んでいて感じたのだが、柳生、お前のラノベに似ていないか?」

 …………。席を外しても良いだろうか。

「似ている、とはどういうことだ蓮二」

 ここに来て柳君をからかっていた雰囲気は綺麗に一掃され、真面目な表情をして小説について語り始めたお三方。

「ストーリーは勿論違うのだが……」
「ああ、確かにそう言われてみますと思い当たる節はありますね」
「例えばどこが」

 直せる所だったら直してしまおうか、と尋ねてみる。

「そうだな。色々あるが……」

 色々あるんだ!
 時代小説は雰囲気からガラッと違うが、優曇華とラノベは確かに似ている所もある。

「起承転結の転から結への流れもそうだが、何より主人公の思考が似ているな」
「ええ。どちらも女性ですが、考え方や行動、行動原理が確かに似ていますね」
「そう考えると、時代小説のヒロインも似ているぞ」

 あれが似ているこれが似ていると議論を始めてしまった。
 ……主人公の思考とか行動原理なんて直せる箇所ではない。どうしようもない。
 すると、切原君が

「案外、作者同一人物だったりして」

 と言ったものだから、「ほう、面白いな」とそちらへ議論が展開していく。
 切原君はたまに核心を突くよな、と無邪気に笑う彼を見つめた。まぁ、ここで同一人物と結論付けても、私まではまだまだ辿り着かないので大丈夫。多分。

「それにしても、凄いッスよね」
「何が?」

 柳君、真田君、柳生君という巨頭の話題に興味が失せたのかついて行けないと判断したのかは分からないが、切原君はこちらに話しかけてきた。

「だって、あのラノベすっげえ売れてるんですよ?アニメにもなってるんス」
「うん」
「収入どれ位だろ、って思いません?」
「…………」
「それに、もし時代小説も同一人物が書いてたら、凄くないッスか?」
「収入が?」
「そう。ドラマ化ですよ!アニメはグッズとかもありますしね〜。めちゃめちゃ稼いでますよ!」
「……そうだね」

 切原君は本当に核心を突く。
 そう。収入。高校二年生が稼ぐ額ではない。

「宙」

 かけられた声に笑顔で答える。切原君は凄いな、とか羨ましいな、とかそういうレベル。可愛いものだ。だから、まだ大丈夫。

「青海はどう思う」
「え、ごめん聞いてなかった」

 三人の話はわざと耳に入れないようにしていたので、いきなり話を振られても答えられない。
 でも結局、最後は全員で作者が同一人物かについて議論する羽目になってしまった。
 結果?



同一人物だそうです。
なんなんだ、もう。


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