28 仕事が増えていく…。 立海の一大イベントと言えば、夏休み明けに行われる中・高・大合同学園祭の「海原祭」である。近隣では一番大きな学園祭であり、人出も凄まじく多い。そして、学生の海原祭にかける意気込みも凄まじく高い。売り上げは残念ながら還元されないが、コンテストで優勝すればクラスに金一封(図書カードだけど)が出るからだ。よって、先生が「普段の授業でもこれだけやる気を見せてくれたら……」と袖を濡らすのを横目に、生徒は目の色を変えている。 また、テニス部レギュラーがいるクラスは、別の意味で女生徒が目の色を変える。って言いますか、今まさに、目の色が変わっている。こういうイベントはお近づきになるチャンスだしね……。 「と言う事で、わが2−Eは推理もののアトラクションを行いたいと思います!」 級長の一言で決議が採択され、拍手がおこる。わがクラスは普通とは違うものを追求した結果、なんとも面倒な出し物を行うこととなった。 教室で劇を行うのであるが、その劇にお客さんに参加してもらう――お客さんが探偵となって、教室でおこった事件を推理してもらう、というものらしい。クラスメイトは、助手などの役をしてお客さんの推理をサポートしていく、というのだが。 上手く行くのか、これは。 無難に喫茶店とか普通の演劇にすれば良かったのではないのだろうか……。レギュラー二人が揃っているのだから、ギャルソンの格好をして貰えば、それだけでかなりの女性客を確保したも同然なのに。 でも、彼らにしてみれば、いついかなる学園祭も客寄せパンダにされ大衆の目にさらされて、今私が安易に考えた安易な格好を本人の意思とは全く関係なくさせられたりしているのだろう。そう思えば、彼らにとっては僥倖だったのかもしれない。 だが。この流れは、もしかしなくとも私が恐ろしく大変な目に遭うのではないか?大変な上に、責任重大な……。 「劇のシナリオは青海さんにお願いすれば良いと思います!」 来た、来た来た来た!! やっぱり、そういう流れになるのか! しゅぱ、っと元気良く一人のクラスメイトが手を挙げて発言したが最後、もうこの流れは止められなかった。クラスメイトの中にもファンクラブはどうしたっているし、ファンクラブとして表立って行動するまではいかないものの、シンパだって存在する。せっかくクラスメイトになったのだから、一年間仲良く出来たら良いと思う。相手だってそう考えていると思う。 でも、恋は盲目で、嫉妬は見え過ぎるものだ。 「私もそう思う〜」 「賛成しま〜す」 額に手を当てて、目をつぶる。そういう人達がやたらにこの案を推していたので、嫌な予感はしていたのだ。違ったら良いな〜と思っていたのだけれど、やはりそういう訳か。嫌がらせという訳か。ここで私が嫌だと言っても、否決されるだろう。 「宙」 「ああ、うんもうね……」 綾が後ろから心配そうに声をかけてくれた。でも、綾が心配しているのは私が書くことになった場合のシナリオの出来不出来ではなく、単に私の負担が大きいという所だろう。 金一封を諦めてでも、私を潰そうというその意気込みはもはや天晴れだ。 この出し物はシナリオの如何に全てがかかってくるのは、言わずもがな。そこに、売れない作家という噂を持った、テニス部にここ最近やけに近づいている女子生徒がひとり。もう、格好の餌食である。私の無能を見せ付ければ良いのですからね。ファンクラブにしてみれば、放っておいても私が勝手に醜態をさらすのだからとても楽な案だ。更に、ダメ押しとばかりに、私が醜態をさらした直後、彼女達が文芸部などに所属するファンクラブと共同で書いたシナリオを見せる位だろうか。 こうやって嫌らしい行動に思いを巡らし、そこまで考えてしまう自分自身も嫌だが。 相手の策に見事に嵌ってしまった状況だが、嵌ったままというのも気分が良くない。それに、学園祭は楽しまなくては、楽しませなくては。綾も早妃も、手伝ってくれるだろう。 ……やるしかないか。 「分かった、シナリオを書こう」 「え!?ホント!?」 私の言葉にあからさまに気色ばむ、一部の集団。 「但し、条件があるんだけれど、級長、良いかな?」 「え?ああ、どうぞ」 立ち上がる。もう、腹はくくったのだ。 「一つ目、私はシナリオに徹するからね。二つ目、教室ひとつじゃどう考えても足りない。人を捌ききれない。だから教室の追加を申請しよう。三つ目、自分の首を絞めることになるけれど、1日目と2日目で違うシナリオを書くからそのつもりで。勝ちにいくよ。四つ目、早妃、柳君、真田君は強制的に劇に出演してもらいます。客を獲得しないと。……この条件呑んでくれる?」 呑んでくれる?と言ったが、呑めよ?という語気で最後を締めくくる。教室を見渡してそう語ると、「良いだろう」と私の後ろ、柳君が真っ先に賛同してくれた。 「青海の負担が一番重い。要求を呑まないなんて可笑しいだろう?」 「ありがとう」 「うむ。俺も異存はないぞ」 「当たり前でしょ」 柳君と真田君、そして早妃の賛同が鶴の一声となって、私の要求は全て通った。 やってやろうじゃないか。 と言っても、なかなか負担が大きいのは事実だ。推理モノねぇ。普段書かないジャンルだし、大掛かりな話にしたら時間が足りない。何か参考になるものはないだろうか、と思いを巡らせ、北村薫さんの『空飛ぶ馬』を思い出した。北村さん特有の美しい日本語で描き出される「私」と「円紫さん」の掛け合いが絶妙であり、ちょっと推理ものらしくない推理もの。大好きな作品のひとつだ。シリーズ全て一気に読んでしまった記憶も蘇る。 持っているが……どこにあるかな……、と考え込む。自宅ではなく書庫に入っている可能性もあるし、探すのにも骨が折れそうだ。 ……図書館で借りるか。 どうせなら、もう一度全部読んでしまおうかと図書館へ向かう道すがら。 「青海さん」 落ち着いた大人の声で名前を呼ばれ、振り返る。 「あ、校長先生!こんにちは」 そこにいらっしゃったのは校長先生だった。勿論、校長先生は全ての事情を知っていらっしゃる上、結構お茶目な面もあるのだ。だって、最初に相談しに行ったらにこにこして「サイン下さい」って言われたし。勿論まだ売れてもいない時期で、困惑しながらもサインをした。売れ始めたら「ふふふ、私が一番最初にサインを貰いましたからね。プレミアです」とここでもにこにこして言われたのだ。 「こんにちは。相変わらず人気のようですね」 「いえ、そんなことは……」 「謙遜しなくても良いですよ。ただし、無理はしないように。分かりますね?」 「はい」 やっぱりにこにこしていて、優しさに溢れた先生だなぁと感じる。包容力とでも言うのか。 私もつられてにこにこしていると、校長先生はいたずらっ子のような表情をして私に話し始めた。 「青海さんは本当に人気で」 「いえ、ですからそんな……」 作家としては幸せなことに。でも、青海宙本人はというと、今日ファンクラブにちょっと無理難題を押し付けられて、売られた喧嘩を買っちゃいました。と内心ため息をついた。人気とは程遠い。 「いいえ。人気ですよ。同じクラスにして欲しい、だなんて。ふふふ、校長室まで来た生徒は初めてです」 早妃――――――!!!!!!!!! 叫ぶことはしなかったが、ぎゃぁあああああああ、と私は頭を押さえた。しゃがみこみたい気分。 聞いた、聞いてはいたけれども、校長先生御自らの口から出ると、破壊力は抜群だ。 は、恥ずかしい……っ! 「あの……」 「余りにも熱心ですし。必死だったのでしょうねぇ。私としても心動かされる位には」 「あ、あの……」 「成績、部活動での活躍、普段の素行。問題なんてありませんし。E組に優秀な子達が集まってしまうことだけは問題にはなりましたが……まぁ、なんとかなるだろう、と。お礼もきっちりとありましたし」 「う〜、校長先生……」 恥ずかしい……と呻く私に、笑いながら「素晴らしい一年間になりますよ」と言葉をかける。 確かに、楽しいけれど……。 「しかも、っとしゃべり過ぎました」 「え?」 しかも。しかも、何。他に、何をしたんだ早妃。 凄く気になるけれど、これ以上校長先生から聞き出すことは無理だろう。 「では」とやっぱりにこにこしながら去っていく先生に会釈をして、私はぽつん、とその場に佇んでいた。 |