26

えいごのべんきょう。



「たるんどるぞ赤也ァアアア!!」
「すんません真田先輩ィイイ!!」

 真田君の大喝が教室の空気を震わせた。私は思わず目をぎゅっとつぶってしまったのだが、肌だけじゃなくて窓ガラスがビリビリと震えているのが分かるし、木に止まっていた鳥がバサバサッと派手な音を立てて飛び立っていったのも分かった。

 手紙攻撃が柳君にバレてから数日が経った。実はお手伝いをお願いしてから、手紙が全く来ない。それはもう、ものの見事に全く。一枚も。
 柳君に「朝早くに来て回収してる?」と聞いたが、「いや」とに〜っこり笑って否定された。その笑顔を見た瞬間、「何したの?」という言葉は口から出る事を全力で拒んで、体の中に逃げ込んでいった。私は「そっか、うふふ」という言葉を代わりに無理やり口から絞り出すので限界だった。うふふって何だよ。と自分でも思ったけれど、もう一杯いっぱいだったのだ。確かに、柳君は笑っていた方が良いとあの時思ったのは認める。しかしだ。それは、泰然自若とか余裕綽々な笑い方であって、あんな背筋に薄ら寒いものが走る笑い方は止めていただきたい。怖すぎる。



 今日朝一に、昨日行われた全学一斉英単語テストが返却された。
 すると休み時間に、球技大会の時に元気良く遊びに来ていた一年生が見るからにしょぼーんとしてやって来たのだ。手に一枚の紙を握りしめて。
 え〜っと、誰だっけ。き、き……、そう、切原君。
 切原君が真田君におずおずと紙を差し出す。その仕草は、まるで、悪さをしでかしてしまいお母さんに叱られに来る子供のようだった。
 で、冒頭の真田君の大喝である。

「なんだこの点数は!!」
「ふむ。予想以上に悪いな」

 怒り心頭の真田君の横で冷静に柳君がコメントしていた。どうも、英単語テストを持ってきたようだ。
 しゅん、としている切原君の前には怒り狂う真田君と、思案顔の柳君。
 どう見ても家族である。父:真田君。母:柳君。息子:切原君。
 さて、どうやって叱るのかなと思っていたら、問答無用で真田君が手を振り上げた。
 流石に吃驚する。

「ちょ、ちょっと待った!」

 私が声を上げたので、なんとか手は止まった。切原君はぎゅっと目をつぶっている。そういえば、立海テニス部には制裁とか言う制度があるのを聞いたことをおぼろげに思い出す。但し、テニスの試合で負けたら、じゃなかっただろうか。それ以外でも有効なのかは定かではないが、実際目の前で手を振り上げられたならば漫然と見ているということは出来なかった。でも、ここで私が、止めて、と言っただけでは恐らく無駄だ。

「何だ、青海」
「いや……えっと、切原君?」
「え、何っスか?」

 取り合えず直ぐには打たれないと分かり、そろそろと目を開けて訝しげな顔でこちらを見る切原君。

「テスト見せて貰っても良いかな?」
「……どうぞ」
「ありがとう」

 柳君からテストを受け取って回答を見る。確かに、点数はお世辞にも良いとは言えない。10点台とか初めて見た。でも、努力の跡がある。惜しいスペルミスもあるし、一生懸命考えて、思い出そうとしたのだろう。消しゴムの跡がそこかしこにあるのだ。用紙が毛羽立っている。

「アンタ、誰?」
「赤也」
「先輩は、誰ですか」

 柳君の叱咤に、切原君が急いで言い直す。

「ああ、どうもはじめまして。柳君と真田君のクラスメイトの青海宙です」
「青海、宙……柳先輩達が最近良く話してるヒトっスか?」
「そうなの?そこは知らないけれど、確かに仲良くさせて貰ってはいるね」

 ふーん。と言うと、じろじろ私を見回す。球技大会の時のはしゃぎっぷりを思い出すと、彼は真田君とか柳君が大好きなんだろう。なんだコイツ!という感じだ。

「……あ!思い出した!!青海宙ってあれだ……痛ってぇ!!!」

 バシッ!と切原君の頭がはたかれた。ああ、折角打たれないようにと思っていたのに。

「何するんスか、真田先輩!」
「人を指差すな!先輩を呼び捨てにするな!何度言ったらお前は分かるのだ馬鹿者!」
「すんません……えっと、思い出しました。青海先輩って、テストでいっつも上位にいますよね?」
「まあ」
「!じゃあ、一生のお願いです、俺に英語教えてくれませんか!?」
「え、嫌」
「ええ〜!?即答!?そんなあっさり断らなくても良いじゃないっスか!」
「だって、候補なんていくらでもいるでしょ?」

 顔の前で手を合わせて必死にこちらを拝んでくる切原君。教える相手が誰もいなかったら考えたのだけれど、彼の場合周りに沢山いる。わざわざ私が教える必要性が見出せないのだ。

「候補って誰っスか?」
「今、切原君の両脇にいるでしょ。他にも柳生君とか、桑原君とかはどうなの」
「無理」
「即答!?それこそ何で」

 先ほどの私の即答よりも素早く無理と言われてしまった。そんな、あれだけ人材が揃っているのに。
 ちょっと考え込んだ後、切原君が内緒話をする体勢をとったので、私も耳を寄せた。

「真田先輩は、直ぐに手が出るんスよ。柳先輩は説明が長すぎて最終的にワケ分かんねぇし。柳生先輩は俺みたいな物分りが悪いやつが嫌いみたいで、どんどん機嫌が悪くなるっス。ジャッカル先輩には音をあげられました……」
「…………」

 言葉が出ない。頭が痛くなってきた。桑原君の悲哀がひしひしと伝わってくる。頑張ったんだね、桑原君……。そして、そんな教え方してたら覚えるものも覚えられないだろうよレギュラーの皆様。
 彼等は基本的にとても良い人達なのだけれど、やっぱり全国に名を馳せる学校でレギュラーの座を守ってきた人達でもある。一癖も二癖もあるというか、まぁ、かなりSっ気が強い一面も持っているらしい。柳生君とか、紳士って言われているのに…。そんな「物分りの悪いやつが嫌い」とかもっと鷹揚に構えないと紳士じゃない。

「……分かった……」
「え、じゃあ教えてくれるんスね!」
「青海、良いのか?」
「方法をちょろっと。切原君によるけれど、恐らくあとは柳君と真田君、それに柳生君に丸投げすることになると思う」
「え」
「無論、俺たちの後輩だからな」

 私の言葉に絶望する切原君の横で、真田君は当然だという顔をしている。

「で。切原君。この英単語テスト、追試は全く同じ問題が出るはずだから、これは今から必死に覚えなさい。それこそ、真田君に怒鳴られてでも」
「え〜!!」
「魔法のように英単語が覚えられれば誰も苦労はしないよ」

 英語って実は体育会系だと私は考えている。英単語を覚えるには、よほど英語が好きでたまらない人とか記憶力抜群!っていう人以外は、ひたすらに、念仏のように、何とかかんとか覚えるしかないのだ。必要なのは努力と根性。だから、体育会系。
 私の指示にいかにもしぶしぶといった感じで、むくれつつ了承した切原君に次なる指令を与える。

「英語は言語だからね。耳で聞いて覚えるのが自然なんだよ。だから、柳君」
「成る程な、青海の言いたいことは理解した」

 チラ、と柳君をみるとにこりと笑った。こういうところは本当に凄い。

「流石。柳君は英語の発音が綺麗だから、読んで貰うと良いよ。あんまりオススメ出来ない手だけれど、最初はふりがなふっても良い。発音から覚える」
「柳生も発音が良いからな。二人で分担するか」
「そうなの?なら柳生君にもお願いしてくれる?あ、ゆっくり読んでね」
「ああ」

 どうも納得がいかない、という顔をしている切原君。彼に納得して実行してもらわなければ、教える方も意味がない。

「さっきも言ったけれど、言語は最初耳で聞いて、口で発音、最後に文字を覚えるっていうのが自然な順番なんだよ。だから、耳で聞いて口で発音してごらん」
「……それだけで良いんスか?」

 コテン、と首をかしげる切原君に少し笑ってしまった。

「そうだね。まぁ、最初はそこからだね。英語の教科書があるから、まずは目先の期末試験の範囲になる所を柳君達に読んでもらってから1日3回、5ページずつ音読してごらん。全部終わっても繰り返しね。出来る?」
「……やるっス」

 テスト用紙をぎゅっと握り締めて、彼は頷いた。例えば、例えばの話だけれど、もし切原君が将来プロのテニスプレイヤーになったら、英語が出来ないのは致命的だろう。

「ん。頑張って」
「柳君達はただ、だらっと読むだけじゃくて、区切りながら教科書を読むだろうからそこも気をつけて」
「了解っス」
「こんなもんかな。部活の先輩に聞きづらいことがあったら、私の所に来てもいいから」

 「分かりました!」と元気良く返事をした切原君は、最初の刺々しい雰囲気が綺麗に払拭されていた。どうも好かれたようだ。

「あの、宙先輩って呼んでも良いっスか?」
「?別に良いよ」
「やった!ありがとうございます、宙先輩!……痛っ」
「どうしたの?」

 目の前で突如切原君の頭をはたいた柳君。切原君は頭をそんなにはたかれて大丈夫なのだろうか。

「頭に虫が止まっていたのでな」
「結構痛かったんスけど……柳先輩……」



***
すみません……こんな話を書いておきながら、管理人は英語大の苦手です……。
外国語学部の友人に「何故英語が出来る」と尋ねた所「何故古文書が読める」と返されました(苦笑)好きこそ物の上手なれ、でしょうか。


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