25 バレた! 「青海」 「あれ、どうした柳君」 「お前は無理をする。しかし、場合によっては無理をせずに誰かに相談して協力してもらうことも知っている」 「?」 「コレの件だ」 放課後、返却図書の整理という図書委員の仕事をせっせとこなしていると柳君が険しい顔付きでジャージ姿のまま姿を現した。 そして何の前置きもなく話始め、ピッと差し出されたのは手紙の束だった。 眉を跳ね上げる。 それは、もしかしなくても呼び出しとか、嫌がらせの手紙だろうか。 以前、1日に二回も柳君にお姫様だっこされ、あげくの果てには、家まで送って貰ってから嫌がらせがものの見事に激化した。暇人め……!と悪態をつきつつ、呼び出しには総無視を決め込んでいたのだ。行く義理はない。 でも、ここ数日、手紙の数が減少していた。諦めたかと思っていたら違ったようだ。柳君が先に回収していたらしい。 そう言えば、ファンクラブにベッタリと評されたことがある柳君のスキンシップが減っていた。 驚きに目を見開いて見上げる私を見て、柳君が笑った。 「青海が言ったんだぞ、“柳君の情報収集能力の気持ち悪さは分かった”とな。見くびって貰っては困るな」 器用に片眉を上げてみせる柳君。以前、仁王君にもそろそろバレると言われたし、限界だったのだろうけれど、隠せるものなら隠し通したかった。 両手を挙げて「降参ですよ」と認める。すると、「いや……」と彼にしては珍しく歯切れの悪い答えが返ってきた。 「この一件は今までの経験から十分に予測できたはずだった。青海、それに玉梓をむざむざ巻き込んでしまってすまない」 「早妃に協力して貰った一件も既に知ってるか……」 「ああ。但し断片的な情報のみだ。仁王が出てきた、と聞いたが仁王の性格からしてそれはないだろう。あの時玉梓がお腹が痛いと出て行ったことを思い出せば、答えは自ずと見えてくる……玉梓は演技にかけては一級品だからな」 俺の真似も上手かった、と柳君は笑いながら言うが、普段は真っ直ぐに人を見つめるその顔が、うつむいていることが答えじゃないのか。 十分に予測出来る、と柳君は言った。それ位にこんな経験を積んでしまっている事が私にはとても悲しい。 だから、隠せるものなら隠し通したかったのに。 整理中の本をカートに置き、その若草色の背表紙をゆっくりなぞる。 彼が笑いながら学園生活を送られるようにするのがファンクラブの仕事じゃないのだろうか?こんな顔をさせてどうするのだろう。 「柳君も気にしないで。私は気にしないから。ね?柳君が悪い訳ではな……い……ちょっと微妙?か、な?とにかく、撃退には成功したんだし」 「次は成功するか分からない」 「成功するもしないも、呼び出しに応じるつもりはないよ。実際、最初以外はずーっと無視してたからね」 「そういう問題ではない!」 突然荒げた声にビクッとする。場所も災いして必要以上に響いた声に、水を打ったように図書室が静まり返る。返却図書整理の為、奥にいたことが幸いしたのかすぐに普段の雰囲気に戻ったのだが。 「……来い」 「え?」 グイッと腕を引っ張られるままに大股で歩く柳君の後を必死に付いていく。コンパスの差を考えて欲しいが、言える雰囲気でも無いので黙って足を動かした。 そのまま誰も来ないような更に図書室の奥に連れ去られ、腕を離される。 「……先程はすまなかった。場所もわきまえずに声を荒げてしまった」 「いや、少し驚いたけど大丈夫」 「もう一度言うぞ。そういう問題じゃないんだ。そうだな、確かに青海は上手く立ち回れるかもしれない。だが、いわれのない誹謗中傷に耐える必要だってどこにもないんだ」 「中身、読んだんだね……」 「ああ」 呼び出しには応じないという一貫した私の態度に、お手紙の内容が変わりつつあった。誹謗中傷である。まぁ、内容は皆さん似たり寄ったりで面白みに欠ける。 但し、どうも皆さん興奮しながら書いているのか誤字脱字が多い。もっと落ち着こう。 流石に柳君の「柳」の漢字のつくりが卵になっているのを発見してしまった時は、笑うっていうよりは凄い脱力感に襲われたのだけれど。 点々はいらんだろ。 って言うか、一番間違えちゃいけないトコロだろうよ……。 とにかく、いちいち読まずに捨ててしまえば良いのかもしれないが、私もある「一定のライン」を見定めなくてはいけない。もし、次に呼び出しに応じることがあれば、誰かがそのラインを超えた時だろう。そうならないように祈るしかない。 「……大丈夫だよ。いい気は勿論しないけれど、相手の誤字脱字をせせら笑ってやる厭らし〜い楽しみ方もあるし」 「まぁ、確かに多かったな……」 私が意地悪く笑うと、ふっと柳君も顔をゆるませた。 うん。やっぱり柳君は泰然自若、もしくは余裕綽々と笑っていた方が断然良い! 「とにかく!大丈夫!」 「青海は強いな」 「そう?根性はあるかもね」 「ああ。弦一郎並だ」 「……いや、どうかな……。真田君には負けると思うな……」 瞬間、機会に恵まれて先頃初めて聞いた、真田君の豪快すぎる笑い声が脳内で再生された。あれは度肝を抜かれたなぁ。 「………。あ〜っと、そうだ、なら、柳君にお願いしようかな」 「何をだ?」 「まず、ここ数日間私を恐怖の手紙攻撃から守ってくれてたんだよね。ありがとう」 「青海が礼を言うことはない」 「ん。でもありがとう。で、迷惑かけついでに、柳君が動ける範囲で良い。面倒になったらいつだって止めて貰って構わない。無理もしない、無茶もしない。手が出せる範囲で手紙攻撃をかわす手助けをしてくれると助かるかな」 「お安い御用だ。俺が出来る範囲で青海を守ろう。守らせて欲しい」 「……う、うん。よろしくお願いします」 ふわっと穏やかに微笑しながら、「守らせて欲しい」とか言ってくれた柳君にギョッとした。 え、なんか無性に恥ずかしい。私、何かとんでもないことしたかもしれない。ギョッとしたというよりは……。 考えたら、それこそとんでもないものがズルッと出てきそう。駄目だ、別のことを考えないと……! 「……………」 と言うか、今、ここ、図書室の、お、奥、だよね。 2人しかいない。 しかも、柳君、近くないか? カッ!と突然体が熱くなってきた。 本当に何か良く分からないけれど、ここにいたら駄目だ。 「も、戻ろう!柳君!」 「?ああ」 もっと近くに柳君がいた時も沢山あったハズなのに、この時は忘却の彼方だった。ひたすら、恥ずかしい。なぜか、髪の毛を引っこ抜いてしまった時の柳君まで思い出してしまって、よけいに直視出来なくなってしまった。 ぎこちなく、でも素早く先頭をきって歩き出した私の顔は柳君には見えないはずだ。 柳君の顔も見えないけれど。 |