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再び。



 今ならテニス部の熱狂的なファンを尊敬できると思った。彼女達は雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体と心を持っていた。
 初夏の日差しの下、応援が白熱している。
 現在、球技大会です。

 我がE組はテニス部のお2人がいるサッカーが順調に勝ち進んでいた。だからこそ、この応援の数。クラス分け発表の時と一緒で、最早「キャー」って言うか、「ギャー」としか聞こえない。
 綾と早妃は飲み物を買いに行っている。私の分も頼んだのだけれど、この日和なので自販機が混んでいるかもしれない。
 因みに私達はバスケットで、三回戦で負けてしまった。未経験者ばかりのチームとしては、それなりに頑張れた結果だと思う。

 件のサッカーといえば、真田君が血も涙もないような容赦ない攻めでガンガン得点を稼ぐ上に、柳君がキーパーとして相手がどこにシュートしようと計算し尽くして必ず止める。
 無駄に最強だ。
 試合が終わる度に、サッカー部の顧問が熱心に2人を勧誘する気持ちも分かる。
 隣で応援していた同じクラスでサッカー部の神谷君(所属の部活動と同じ種目は選べない)が「立つ瀬がねぇよ……」と遠い眼をしていた。気の毒に。
 だからか、神谷君が言っていた「アイツ等はなぁ……特別というか」がちょっと気になった。
 「特別だから」で片付けられれば、恨みとか妬みはかいにくいのだろう。実際、テニス部レギュラーがそういう対象にされたという話は聞かない。でも、「特別」という特殊な枠で一括りにされるというのは、どうなんだろう。悲しかったり、寂しかったりしないのかな。
 サッカーを観戦しながらつらつらとそんな事を考えていた。

「あの、これ……」

 すると、後ろから声が掛かった。振り向くと一年生の女の子が白い紙を持って立っていた。

「?」
「さっき、二年生の男の先輩に「あそこに立っている女子に渡して欲しい」って」
「二年生の男の先輩って……誰か分かる?」
「いえ、分かりません。紙を渡されたら直ぐにいなくなって」
「?なんだろ?とにかくありがとう」
「いいえ」

 軽く手を振って一年生の女の子と別れてから紙を開いた。

 モデル料を払って下さい。
 屋上でお待ちしています。

 書かれているその文字は、癖があって少し読みにくい。
 モデル料。……小説のモデル料なら柳君と真田君だ。でも、彼等は現在サッカーの試合中。
 屋上、ね。屋上。ひとつ心当たりがある。



「やっぱり貴方か。えーっと、仁王君?で合ってる?」
「合っとるよ。青海宙サン」

 屋上の日陰。少し海の香りがする風を受けて、白い髪(銀髪?)をそよそよとたなびかせながら、何ともだるそうな雰囲気で座っていたのは、テニス部レギュラーのひとり仁王君。

「あ、まずはこんにちは」
「コンニチハ。なんじゃ、驚いたり、「もしかして告白!?」とか思わんのか」
「思わんね。モデル料、でしょ?」
「つまらん。モデル料の意味も分かっとるみたいだし」

 あ〜あ、と私の手の中にあるスポーツドリンクを見て、下を向いてため息をつく仁王君。だけど、直ぐにちょいちょい、と手招きして隣を指した。座れってことだろうか。
 私は間を開けて座った。彼は、恐らく自分の「範囲」に入られるのが嫌いなタイプだ。
 すると、仁王君がニヤっと笑った。合格らしい。

「屋上に来るまでに考えた。モデル料で屋上っていったら、思い付くのはひとつだけ。早妃に助けて貰って、テニス部ファン達を追い払ったやつね。この場合、モデル料を払わなきゃいけないのは仁王君」
「当たりじゃ。じゃあもう一つ。どうして俺が知っとうと思う?」

 楽しそうな表情とあわせて、仁王君の束ねた後ろ髪がピコピコと動いている。

「@ファン達から聞いた。まぁ、これは無いね。どこに「屋上にとある女子を呼び出したら、仁王君が出てきた」って、当の大好きなひとに言う子がいるのか。言ってどうするの、ってのもある。A噂で聞いた。これも可能性は低い。理由は基本的に@と一緒だね。「女の子を呼び出したのを、仁王君に見られた」って誰にも話さないでしょ。話したくない話題だ」
「で、答えは?」
「あの時、屋上にいた「誰かさん」が仁王君なんじゃないかな?」

 また、ニヤっと笑う仁王君。正解のようだ。

「よう分かったの」
「気配にはね、ちょっと敏感でして。勿論、漫画みたいに「あの時の気配と、仁王君の気配が同じなのだよ」とかは無いから。そんなの分かるわけがない。ただ、あの時は、ここに誰かがいるってのが分かった。後は考えた結果」

 私の言葉に仁王君は考える素振りを見せる。でも、すぐにああ、とひとりで何か納得したみたいだった。

「だからか」
「何が?」
「なんでもなか」
「気になるじゃないか……」
「プリッ」

 ……何語?それに、ひとりで納得されても困る。
 テニス部レギュラーって何でこう、あくの強い人が多いんだろう。桑原君の苦労が偲ばれる。

「お前さんが手に持っとるソレ、俺のじゃろ?」
「あ、ああ……どうぞ」
「どうも」

 スポーツドリンクを受け取った仁王君はさっさと蓋を開けて飲み始めた。実は、それは私のである。ここに来る途中で綾と早妃に出くわし、私の分の飲み物を受け取ったのだ。決して彼のために買った訳ではないのだが、仁王君がこれで良いと言うなら大変安上がりでこちらとしても助かる。何を要求されるのか不安だったのだが、勘違い万歳。

 吹きぬけた風が頬を撫でていった。目を閉じると、海の香りが強くなった気がする。海の香りに身を委ねると、遠くでさざ波の音が聞こえる気がする。

「……何が見える?」
「………海が」

 目をつぶっている私には、実際には何も見えない。隣にいる仁王君も分かっているはずだ。でも、風が運んでくる、かすかな、かすかな、海の欠片。それが、私の瞼の裏に海を形作る。

「そっか」

 目を開けて、彼を見る。仁王君の声音に喜びを感じ取ったからだ。彼は、ふんわりと微笑っていた。

「海は好きじゃ」
「そっか」
「ん」

 再び眼を閉じて、海を見る。
 会話は途切れたけれど、居心地が悪くなることはなかった。屋上にサボリに来ていた仁王君。彼も、こうして海を見ていたのだろうか。

「……お前さんはすこぶる良い女じゃな」
「??……アリガトウ?」
「これでも照れんのか」
「あまりに唐突でついていけなかった」
「なるほどねぇ……」
「さっきからひとりで何を納得してるの。気になるよ、そういうの」
「ピヨッ」

 だから、それは何語。

「そろそろ、柳も気付く。柳だって伊達に参謀と呼ばれとらんぜよ。お前さんも上手く切り抜けとるみたいじゃけど」

 何でもない口調で仁王君が話し始めたのは、なかなか重要な問題だった。

「……そっか。仁王君は何で分かったの?」
「呼び出されたのを知っとるからな。あとはお前さんを気を付けて見とれば分かるぜよ」

 笑うしかない。柳君も良く人のことを見ているから、気付かれないように注意していたのだが……。まさかもう一人いたとは。本当にあくが強い人が多いなぁ、もう。

「本当にお前さんはすこぶる良い女じゃな」

 クツクツ笑う仁王君に、困った顔をするしかなかった。


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