22 お見苦しい所をお見せいたしましたこと、大変遺憾に思っております。 吐きそう。 いや、冗談じゃなくて本当に吐きそう。 時代小説の新作を書き終えたのが今日の朝方だ。何とか2時間は寝たのだが、ここ一週間不摂生を重ねた結果がもろに体調不良として出てしまった。 登校した途端にいつもの4人に詰め寄られた。どうも顔色が真っ青だったようで、すぐさま柳君に抱き上げられて保健室に連行。 いわゆる、お姫様だっこである。 今更思う。まさか、我が人生において経験するとは思いも寄らなかったお姫様だっこ。 あの時は、ただでさえ普段より思考回路の動きが鈍いので、展開についていけずにされるがままになってしまい、移動中ぼーっと若干険しい柳君の顔を見つめていた。 あと少しで保健室という所で、ぽけっと見つめていた柳君と目があった。どう見ても不機嫌だけれど、困ったような視線。その瞬間、処理落ちしていた私の脳がようやっと現在状況を処理し終えた。 はっ!っとまるで漫画のように我に帰り、降りようとした途端に、心を読まれたかの如く「大人しく運ばれろ。襲うぞ」と極上の笑みで言われた。あれは本気だった……。雰囲気が絶対に本気だった。 間違いなく喰われると感じたので、そこからは指一本動かさず大人しくしていました。 結局保健室で寝た後、三時間目から授業には出たし、お昼も学食でうどんを食べ、午後の授業にも出た。 で、現在吐きそうです。 お昼のうどんか?そうなのか? もう今日は帰るだけだし、耐えろ、家まで耐えるんだ私! 俯きながら、ゆっくりと校門を目指す。しかし、4人にはまた散々心配をかけてしまった。新作を書く度に体調を崩しているこの状況をどうにかしないといけない。 やっぱり、担当さんに言って刊行スピードを少しでも落として貰おう……。 決意を固める。でもその前に今は早く家に帰りたい。 そうやって目指す校門近辺に、何故か黒山の人だかりが出来ていた。この状況は始業式を思い出す。しかも今回は女子ばっかりだ。何だ、何がある何がいる。男子テニス部レギュラーでもいるのか。 神よ……あそこを越えろとおっしゃるか……。 近づくにつれ、その人の山が少しずつ移動していることに気付いた。しかも、こっちに来ている。相変わらず、客寄せパンダの正体は不明なのだけれど……お願いだからこっちに来るな。 気分が悪い今、あの人だかりに飲み込まれたら最期である。柳君風に言うなら、人酔いする確率100%! だが、神の試練は厳しかった。どんどんこっちに来るんですが。私が進行方向を少し変えると、狙ってるかの如くその人だかりも進行方向を変える。 ついに目と鼻の先になってしまい、私の気分もどんどん悪くなっている。 ヤバい、本当に人酔いする。 駄目だ、一端学校のトイレに緊急避難しないと……。 「おい、そこの女!」 吐きそう……。 「てめぇだよ、そこの俯いてる女!邪魔だ、どきな雌ネコども!!」 雌ネコとか大胆にも程がある凄い発言が聞こえるけど、とにかくトイレに……。 「聞こえねぇのか」 ガッ、と突然後ろから肩を掴まれた。あれ、何かデジャヴ。 吃驚して振り向くと、もっと吃驚した。吃驚っていうか唖然。 アイスブルーの眼が強い光を湛えてこちらを見据えていた。何という美形。何という無駄な色香。一瞬、気持ちが悪いのも忘れてしまった。 これがいつもの私だったら、恐らくちょっと位は顔が熱くなると思う。 しかし、今は。 その美形さんが身に纏う香水、が、ヤバい。 反射の如く手を振り払い、後ずさる。 「どなたか存じ上げませんが、とにかく、来ないで下さい」 「アーン、何言ってんだ」 「近づかないで下さい!」 「俺様は場所を尋ねたいだけだ。ってお前顔色悪いぞ」 「ちょっ、本当に来ないで下さい……!近づかないでっ……!」 稀代の美形さんに向かって、変質者に対するような台詞を投げかける。 「俺様に向かって、近づかないで、とはな……。良い度胸じゃねぇの」 「そう言われると、逆に近付きたくなる」と妖艶に笑う。一人称がまさかの俺様だし、ドSってやつか……! 俺様美形さんの手が伸びてくる。嫌が上にも距離が縮まる。香水が―― 「……っ!」 ヤバい、と思った時にはもう遅かった。 俺様美形さんの前で見事に吐いた。 ああ、だから来るなっていったのに……。 そう呟いて、私は意識を手放す。何とか、吐いた所にダイブすることだけは避けた。最後、「青海!」と叫ぶ柳君の声が聞こえた気がした。 目を開けたら、まさかの柳君のどアップ。口から心臓が飛び出るかと思った。 「!!?……っ、や、やなぎくん……?」 「青海!良かった……!」 両手で頬を包まれ、「心配した」と囁かれた。 近い、顔が近い! 今にキスされてもおかしくないような体勢から、ぐぐっと柳君の両肩を押すことで距離を取る。 「ここは、」 「保健室だ。今日は二回も青海を抱き上げたぞ」 げっ。私は二度柳君にお姫様だっこされたのか。何という日だ。 「頭はそんなに強く打っていないと思うが……大丈夫か?」 「あ、うん。特に痛いとかはないかな」 「良かった」 「ごめんなさい……」 「言葉が違うな」 「あ、ありがとう……?」 ニコッと笑って、頭を撫でてくる柳君。男前過ぎる。 「あの、俺様美形さんは?」 「跡部のことか」 「大変お見苦しいものをお見せいたしまして……謝らないと」 「気にするな。あれは跡部が悪い」 「でも」 「跡部も謝っていたぞ。フッ、あの跡部に謝罪させるとは、青海もなかなかどうしてやるじゃないか。とにかく気にするな。跡部には後始末もきちんとさせた」 「後始末……って!」 まさか、あの、あれじゃないですよね。 「あれだ」 柳君が怖い。綺麗に笑っている柳君が怖い。そして、跡部君。ごめんなさいありがとう。他人の吐いたものを片付けるのはとても辛い作業だ。いつか、また会う機会があったら、絶対に謝罪とお礼を言わなくては。名前さえ忘れなければ、あの顔は忘れにくいので心配ないだろう。 ……というか、私はその忘れにくい顔の人に汚物を片付けさせてしまったのか……。 口調からして、「後始末」をさせたのは柳君な気がするけれど、吐いたのは私だ。 「……今日は送っていく」 綺麗に笑う柳君と現実から思わず目を反らしていると、ぽつりと声が落ちてきた。 「い「や、悪いよ」とお前は言う。だが今日は送らせてくれ。電車賃も気にするな」 「!うあ、もしかしなくても、」 部活、休んだ?と続くはずだった言葉は柳君の人差し指が「しーっ」という形で唇に触れてきたことで音にならなかった。 「気にするな、と俺は言った。大人しく送られなさい」 「う。はい……」 帰り道、置き勉をしないためにずっしりと重たいはずの私の鞄をずっと持ってくれた。 「とにかく、何度も言うが体調管理はしっかりしろ」 「はい。面目もございません」 きっちりと絞られましたが。 |