21 今度、見に行ってみようかな……。 まるで風のようだと感じた。速い、速い。 「1500m走って2周遅れが出るものだっけ」 「宙、見て。陸上部の沖本泣きそう」 「泣きそうって言うか、泣いてるわアレ」 「「「可哀想に…」」」 陸上部の沖本君(何でも陸上部屈指の選手だそうで)の悔し涙が太陽を反射してキラキラと輝いている。彼の涙の理由を知らない者が見たら、大層美しい光景に映るかもしれなかった。そんなことは露も知らずに、原因である彼等は、陸上部屈指の選手をぶっちぎったにも関わらず涼しげな顔をしながらこちらに来た。汗くらいかいてあげなよ君タチ……。 「よお、神鳥。相変わらず、青海と玉梓も一緒か」 体育は2クラス合同で行う。そして、その合同になったクラスに男子テニス部レギュラーがひとりいた。くせ者ぞろいテニス部レギュラーの良心、兼、被害者と言われているらしい、ジャッカル桑原君である。 綾は中学の時に桑原君と同じクラスになった。ある時、良く桑原君にたかり(?) に来ていた彼のダブルスペアと後輩を、綾曰わく「ちょっとシバいた」らしくそれ以来の仲だ。 当時の話を桑原君に聞いてみたことがあるが、「知らねぇ方が良いぜ…」と遠くを見つめていた。一体何をしたんだ綾。それでも最後に「でも、嬉しかった」と笑った桑原君の笑顔が太陽みたいに眩しかったのを良く覚えている。 「ジャッカルも相変わらず速いね。それより、ジャッカル達に非情なまでに置いて行かれた陸上部の沖本が泣いてたけど」 「え、それは悪いことしたな……」 「それしきのことで泣くなど、たるんどる!」 「沖本は本来100mが専門だ。50m走のタイムならば俺達よりも速いだろう」 綾の指摘に三者三様で答える彼等。性格が出ていて面白い。 「神鳥と玉梓も1000m走結構速いよな」 「玉梓は演劇で肺活量を鍛えているからな。一般女子の倍は軽く超えている。ジャッカルと一緒だ」 桑原君と柳君の言葉に3人して頷く。綾と早妃は学年上位20位以内に入っているだろう。だけど。 「青海は相変わらず苦手なんだな」 「持久力が無くてね……」 700m位でへなへなになるのだ。残り100m付近を走っている時「死にぞこないみたいな顔」と評されたこともある。失礼極まりない話ではあるが、一方で非常に的を射ていた。あと一押しで死にそうには変わりない。 「しかし、青海は50m走が速いだろう?学年でも10位には入るはずだ」 「あ〜、うん。瞬発力はあるんだよね。それが保たないだけで」 流石は柳君。体力テストの結果も良く知っていらっしゃる。 「握力も何故か強い」 「長座体前屈をやってるのを見たけどよ、かなり柔らかかったよな。玉梓もだったか?」 「宙の方が柔らかいね」 なんと真田君も「神鳥は固いな」と笑っている。綾にペシッと軽く叩かれていたが、どうも彼等は3人して私達が測っているのを見ていたらしい。なんだかんだと皆良く見ていると驚いた。 「それでもテニス部のレギュラーお三方の足下にも及ばないよ」 「日々精進しているからな」 誇らしげな真田君を見て納得する。真田君も柳君も桑原君も、体力テストで驚異的な数字を叩き出している。王者立海、という言葉を耳にした。真田君は皇帝、柳君は達人とかマスターとか参謀とか言われているというのも聞いた。 言葉で単純に表すことが失礼に感じられる程に、努力を重ねてきたのだろう。 今度、テニス部の練習を見に行ってみようかな。 「持久力は試合中ずっとコートを走り回る為に、握力はしっかりラケットを握ってボールを打つ為に、瞬発力は相手の打球に追い付く為に。全てが必要なんだね。速く走るには柔軟性も大切だし」 「それだけの努力を積んできた貴方達を心から尊敬するよ」と彼等の目をしっかり見ながら、笑った。 「む。当然の事をしているだけなのだがな。しかし、ありがとう青海」 真田君に続いて、柳君と桑原君も「ありがとう」と言った。若干照れているようだったけれど、それ以上に誇らしげだった。 今さっき口にしたが、彼等を本当に心から尊敬する。努力、時間、多くのものを費やし、あるいは犠牲にし、鍛え、積み重ねていったのだから。インターハイの華々しい結果もそうだけれど、それ以上に普通の高校生が手にすることの出来ないものを掴んで、目にすることの出来ないものを見ている人達だと思う。 ああ、だから、「素敵で格好良い」に繋がるのだ。 俗な話になってしまうけれど、彼等の異常なまでの人気の理由の一端を見た気がする。 「長座体前屈といえば、」 ふと柳君が何かを思い出したように、首を傾げた。前も思ったが、不思議と様になっている。 「長座体前屈と言えば?」 「青学の手塚がかなり固い」 「青学って、東京の青春学園?」 「ああ」 青春学園の手塚君。誰か分からなくて、今度は私が首を傾げる番だ。そんな私を見透かすように柳君が説明を加える。 「青春学園男子テニス部の手塚国光。俺達と同じ学年で、そうだな、簡単に言えば弦一郎の好敵手だ」 「!」 吃驚して真田君を見る。 「手塚とは小学生からの好敵手だ」 眉間に少しシワを寄せながらも、その「手塚国光」を語る真田君が相手を讃えているのが良く分かる。 皇帝の好敵手。凄い強い選手なんだ。 「真田君の好敵手ってことは、凄く強いんだよね?体が固いんだ?」 「ああ。ちなみに表情も堅いぞ」 柳君がイタズラっぽく付け足したが、表情は関係ないのでは。それに、結構真田君も堅いと思う。似たもの同士? 「確かに体の柔らかさは、体質的なものが無きにしも非ずだけど……でも、速く走るには股関節が柔らかい方が良いんでしょ?テニスで不利にならないのかな」 「手塚は走らない」 「は?」 走らないってナニそれ。え、テニスって走らなくても成り立つ競技だっけ。 歩くのか?いやいや、歩いてどうするよ。 「勿論走ることもある」 「なんだ、吃驚した!歩いて試合するのかとか色々考えたよ!」 「が、それでもあまり走らないな」 「いや、意味が……」 「ボールが手塚に吸い寄せられるんだ。手塚はそこから動かなくて良い」 今、私の頭の上にクエスチョンマークが10個位出ている。 ボールが吸い寄せられる…?さっぱり意味が分からない。何そのサイクロン型掃除機も吃驚な吸引力。流石は皇帝の好敵手とでも言えば良いのか。手塚君とやらは何者なんだろう。 「ボールに微妙な回転をかけることで、相手がどこに返球しようと吸い寄せられるように必ず手塚の立っている場所に返ってくる」 『手塚ゾーン』と呼ばれる技だ。と柳君が説明してくれた。た、確かに返球が自分の立っている場所に返ってくるなら走らなくても良いのだろうが……。 それに、名前がついてるとか少年マンガの必殺技?自分で名前とか考えるのかな……。 と言うか、そもそもテニスって必殺技が必要なのか? 「……消えるボールとかはないよね?」 「?あるぞ?」 「……………………」 え、あれ?何で真田君は「当たり前だぞ」みたいな顔をしてるの?柳君もなぜ頷いているんだ。新説「テニスにおいて打球は消えるのが当たり前」。 「ウチの幸村は相手の五感奪うぜ?」 桑原君がぺろっと、「明日、晴れるぜ」みたいな軽いノリでなんか凄いこと言った。相手の五感を奪うってどうやって。テニスってネットを挟んでボールを打ち合う競技だよね、そうだよね?なんか自信がなくなってきた……。 「え、何その「絶望と共に散れ!」みたいな……」 「それは弦一郎の台詞だ」 「………ソウデスカ」 真田君、そんな台詞言っちゃうんだ……。そして、そんな台詞を言う状況ってどんな状況。 彼にもいっそ恐怖体験的な必殺技があるのだろうか……。 それから彼等は、ドコソコのダレソレは打球で相手を観客席まで吹っ飛ばすとか、2人以上に分身するとか、予言するとか、イロイロ言ってました。 彼等は、確かに普通の高校生が目にすることの出来ないものを見ている人達でした。 「宙、テニス部の試合見たことないもんね?」 早妃の言葉に頷く。 今度、テニス部の練習を見に行きたいと思います。 |