19 妖怪ですか。 「ぬえ?」 真田君号泣事件から時代小説が大流行してしまったが、流行を作り出した彼らはすでに興味の対象が異なる方向に向かっていた。つまり、作者である。 「ぬえ、って鵺のこと?」 「うむ」 綾の言葉に満足そうに頷いた真田君が更に説明する。 「あのような作品を書く作者がどのような人物か気になってな。蓮二に相談してみたのだ」 「弦一郎に相談される前から気になってはいたからな。丁度良い機会だろうと色々手を尽くして調べてみたんだ。青海も気にならないか?」 「うん、まあ……」 チラッと綾がこっちを見るが、私は今柳君の言葉にあった「色々」が気になっていた。色々って何だ。怖いんだけど……!そんな内心の動揺を押し隠して、「で?」と先を促した。 「さっぱりだ」 ほっと胸を撫で下ろす。そう簡単に分かってたまるか、とは思うのだが何て言ったって相手は柳蓮二である。 「その割には、全然悔しそうな顔してないじゃない」 「どっちかというと……」 この上なく楽しそう。早妃の指摘に頷く。うーん、嫌な感じがひしひしとする。 「とても興味深い情報を入手したからな」 「どんな?」 「『鵺鳥の』から始まる一連のシリーズ、作風から作者は男だと言われている」 「うん」 「ここで少し話題を変えるが、この作者のデビュー作が別にあるのは知っているか?」 「まあ……」 そりゃ、私が書いたのだし勿論知っている。それにしても、この話題の運び方は鋭い所をつきそうだ。 「ではタイトルは?」 「『優曇華の花』」 綾が間髪入れずに答える。満足げに頷く柳君に、今度は真田君が続けた。 「蓮二に教えて貰ってから、そちらも読んだ。現代小説だったからな、作風が多少なりとも異なってくるのは当たり前だろう。だが」 「だが?」 「『鵺鳥の』から始まる、俗に枕詞シリーズと呼ばれている時代小説では、主人公は男だ。幕府と藩政を扱う政治描写、そして何より殺陣の描写がリアルな上に、悪人とはいえ容赦なく人を斬っていく」 「本格的って有名だしね」 「うむ。よって作者は男だと言われている。俺もそう思っていた。しかし、一方で『優曇華の花』の方は、主人公は女。恋愛小説だった」 予想通り鋭い所をついてきた。そう、デビュー作はかなりベタな恋愛小説を書いたのだ。何で時代小説に移ったかというと、理由は単純明快。時代劇が大好きだから。安直過ぎると言われたら身も蓋もない。 「話自体は良かったのだが、あの作風からは女性を感じた」 「弦一郎の言う通り、デビュー当時は女性説が大半を占めていたようだな。しかし、時代小説の連載からは男性説が主流となる。……面白いと思わないか?」 全然面白くない。そんな、心底楽しそうな顔で言わないで欲しいのだが。女性か男性かなんてどうでも良いじゃないか!身元を隠したがっているものをわざわざ暴かなくても良いじゃないか! 「でも、最近じゃ覆面作家も少なくないと思うけど」 如何せん自分のことなのでフォローがし辛い。なので早妃の言葉にナイス!と心の中で拍手を送る。 「確かにな。だが、ここまで意見が変わるとなると少ないだろう」 「俺は恋愛小説から時代小説に転換した理由が知りたい。転身にしてもジャンルの移り方が極端ではないか」 「何か大きな理由があるに違いない」と力む真田君に、そっと目頭を押さえる。全然、大きくも深くもない。「時代劇大好き!」我ながら幼稚園児の感想並である。安易すぎて真田君が聞いたら激怒するか、ヘタをしたら卒倒しそうだ。心の中で謝っておこう。 そんな私の内心を知る由も無く、柳君は話を繋げる。 「現代恋愛小説から時代小説へ。女性説から男性説へ。ネット上でも様々な憶測だけが飛び交っていて、正体が全く掴めない。外国人なのではというものまであった」 ここで、ようやく最初と話が繋がった。 「だから、鵺」 鵺。トラツグミの異称でもあるが、頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎、声はトラツグミに似ていたという、伝説上の妖獣。 転じて正体不明の人物を指す。 「勿論、時代小説の第一巻が『鵺鳥の』だったことにも掛けてある。――鵺の正体、気にならないか?」 柳君がフッと私を見て微笑う。 私が困ったように笑うと、「青海はあまり気乗りしないらしいな」と少し意外そうにしていた。 「正体を隠したがっているんだから、無理に暴く必要は無いと思うけどね」 「俺も無理に暴こうとは思わないさ。しかし、正体も正体を隠す理由も気になるのが事実だな」 理由、ね。これも単純なのだが。 「まぁ、ほどほどにね」 止めてくれとは言えないので、これ位が限度だ。 「ああ」と返事をする柳君を見ながら、時代小説じゃなくてラノベの連載を思い出した。 忘れそうだが、実際、時代小説の方に無駄にイロイロありすぎて忘れかけていたが、私はラノベも連載している。今度、そちらの方でも新キャラを出す予定なのだが…その人物の立場が「真実のみを扱う情報屋」なのである。 もうコレは、アレだ。目の前の人物をモデルにしろという天啓にしか思えない。柳君、モデルにさせて頂きます。 そう言えば、肝心のその情報屋さんの考えを聞いていなかったことを思い出した。聞くのは怖いが、聞かずにはいられない。 「柳君はどう考えてるの?」 「どう、とは鵺のことか?――そうだな、女じゃないかと思っている。それも、かなり若い」 ギョッとする。 「なんでまた」 「『優曇華の花』の心理描写、あれが作者の本質を物語っている気がするからだ。そして主人公が中学生なのも気になってな…あの話なら大学生以上が良いと俺は思う。あえて中学生にしたと見るのが一般的なようだが俺は違う。単に作者が若かったのではと思った」 「全て憶測だ」と柳君は言うが、鋭すぎる。いっそ気持ち悪い程には。そう、私も舞台は大学が良いと考えていたのだが『優曇華の花』を書き始めたのが中3。初めて本格的に小説を書くということで、リアリティが出せるか不安になり、無理矢理中3にしてしまった経緯がある。 「……じゃあ、私達と同じ位だってこと?」 「それはどうかな。デビュー当時は高校生で、現在は大学生と見るのが妥当じゃないか?」 「そっか……」 恐るべし柳蓮二。年齢は外したが、大枠は外していない。 「しかしそうだな。青海の言う通り、俺達と同じ高校生かもしれないな」 あぁ、私の馬鹿。自分で自分の首を絞めるとはまさにこのことだ。 「無理に暴く気はないが、せっかく『鵺』と名付けたんだ。源頼政を目指してみようか」 鵺を見事射落としたとされる源頼政。 柳君が矢を構える姿が見えたような気がした。 |