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犯罪一歩手前な気がしなくもない。



 あれから一週間。
 学内のいたる所で生徒が小説を読んでいた。
 立海は中高大のマンモス校だが、男子テニス部レギュラー恐るべしである。その全てを巻き込んだ流行になっているようだ。私は彼らを甘く見ていたと認めざるを得ない。
 うん、まあ、でも……面白いとか、感動するとか、概ね褒めていただけているようなので嬉しいです。恥ずかしいけどね…。
 特に真田君は熱心な読者になってくれた。ありがとう。
 お礼でも何でもないが、書き始めた新刊に出てくる新キャラ――水戸藩中山家の次男のモデルは彼にした。
 主人公の親友にしようと思っている。どうか読者から愛される人物になりますように。


 今、二年生全員が体育館に集合している。なんのことはない。身体測定だからだ。
 身長・体重・座高を測って終わりなのだが、これだけ人数が多いと測定器が5つずつ設置されていても待ち時間はある。
 しかも女子の体重測定だけは特別措置で、緞帳を降ろした舞台の上でやるのだからなおさらだった。昨今はプライバシーがうるさく言われているが、これはプライバシー云々の前に、体重は知られたくない!という乙女心に配慮した結果なのだろうか。

 どうやって回るかは個人の自由なので、綾と早妃の3人で空いている場所を上手く縫って早く終わらせたのだが、測定結果に綾が不服を漏らした。

「身長が二センチも縮むなんて有り得ない……!」
「確かにそれは」
「高校生にもなると、基本的に女子は身長伸びなくなるけど……それにしても縮むのはねぇ」

 測定結果を書き込む用紙とにらめっこをしながら呟く。私は去年から1ミリしか伸びていなかった。

「ここまで細かいと、本当に伸びてるのかと思う」
「誤差の範囲に入るよね」
「身長が二センチ縮んだ上に座高は伸びたんだけど……」

 ちょっとおどろおどろしい空気をまとい始めた綾に、早妃と2人で後ずさりする。怖い……。

「み、ミスだって!!」
「なんなら、もう一度測って貰いなよ。ね?」
「うん。そうする…」

 綾は低くもなく極々平均的と言える身長をしているが、本人の希望としてはもう少し高い方が良いらしい。早妃は高い。まさに舞台映えする体型をしている。
 その後、結局並び直して測った結果、綾の身長は去年から五ミリ伸びていて、座高は去年と変わらなかった。
 身体測定の適当さを知ってしまってちょっと愕然とする。人手不足なので養護教諭以外の先生もかりだされているからなんだろうか。それにしても適当な、と思う。まぁ、綾が大層満足そうなので良しとしようか。
 最後に出口で用紙を提出して終わりだ。それで終わる。しかし、今年はその提出場所やや前に問題が発生していた。

「青海、遅かったな」
「どこから湧いて出てきた」

 なぜか柳君が微笑みながら待っていた。すかさず早妃が罵声?を浴びせる。でも柳君はそんな早妃には慣れっこなので、華麗にスルーしながら話を進める。

「お前たちなら、もっと早く終わらせると予測していたのだが」
「……私がもう一度身長と座高を測り直したからね」
「神鳥は縮んだのか?可哀想に……」
「五ミリ伸びました。うわっ、自分がにょきにょき無駄に伸びてるからって、腹立つな!よこしなさい!主に足を!」
「知らないのか?身長は他人にあげられないんだ」
「腹立つ!引っこ抜いてやりたい!」
「何を?」

 珍しく綾が噛み付く。それでも柳君と綾のやり取りが面白くて、クスクス笑いながら思わず突っ込んでしまった。「髪とか」と呟いた綾に「届くのか?」と返す柳君。「全部刈り取ってしまえ」と早妃。「「そしてかもじ屋に売ったら良いんだ」」と綾と早妃がハモった。
 2人の見事なハモリに「間違い無く高価買い取りだね」と笑いながら、「って言うか、柳君はどうしてここにいるの?」と尋ねる。

「青海を待っていたんだ」
「私?何か用事?」
「ああ。重大な用事だ」

 それまで綾と早妃とのやり取りで意地悪く笑っていた柳君が、いきなり真剣な顔付きになって、右手を私の方に差し出してきた。
 「何……?」と此方も表情を引き締める。重大?小説のことが何かバレたとか?でも、柳君の性格からして、もしそうでも、もっと人のいない所で話す気がする。それ以外に思い当たる節は無い。とにかく、腹に力を入れながら次の台詞を待った。
 が、柳君はそれ以上何も言わないし動かない。

「…………」
「……………」
「………………」
「???」
「青海」
「いや、だから何」

 右手を更にこちらに差し出してきた。何だ?何か欲しいのか?今渡せるものと言ったら……。

「あ!これか!」

 身体測定の記録用紙。

「はい」
「いやいや、宙。ちょっと待って。何故渡す」
「え?なんでって……」
「ありがとう、青海」

 用紙はすぐに返ってきた。

「どういたしまして。何でと言われても……「去年より体重が減ったな……」……ね?」
「……変態」

 呻くように早妃が漏らした。
 嫌だというのは簡単だし、柳君も結構簡単に引き下がると思う。でも、多分っていうか今確実になったけど、彼なら何か良く分からない、分からないっていうより知っちゃいけないルートやら方法で、情報収集してくる。無駄なのだよ……断っても。悟ったよ私は。でも、去年の結果すら既に入手済みか。

「去年だけじゃない。中学1年からのデータがある」
「……さいですか。せっかくの緞帳意味ないな!で、これが重大なの?」
「重大だ。中学三年間は良い。順調に成長していると言える。だが、問題は高校生になってからだ……体重の増減が激しい。しかも、増減を繰り返しながら徐々に減っているんだ」
「身体測定は年に一回ですが」
「毎日見ていれば分かる。目算も馬鹿には出来ないぞ」
「目算。そうか目算か」

 もう投げやりになってきた。あっそう。ふーん。で勘弁して貰いたい。いや、誰に勘弁して貰うんだ私。それと、身長・座高に関して今日の測定を踏まえると、柳君の目算の方が正確な気がした。あまり深く考えるのは止めておこう。

「凄いよ柳君、普通出来ないって。制服って結構体型が誤魔化せるし」
「慣れだ」
「慣れてるのか」

 慣れてるって何。ジトッと柳君を見る。

「と、……とにかく、青海は不摂生過ぎる。始業式の時のようなことを繰り返している。いつか本当に倒れるぞ」

 しまったな、と思う。柳君が言ったことは自分で承知していた。でも、綾も早妃も知らないことで、案の定2人は青い顔をして私を見ていた。そんな2人を見て、はたと気付く。
 ああ、だからここで言ったのか。

「摂食障害ではないんだな」
「それは違う」
「ならお願いだ、気を付けてくれ。神鳥も玉梓も気を付けてやってくれ」
「……分かった」
「了解」
「理由は分からない。調べても分からなかった。「体が弱い」で単純に片付けられるとは思わない。その理由を青海は隠したがっていて、それでも恐らく神鳥と玉梓は知っているんだろう?このことに関して俺には出来ないことの方が多すぎる。心配なんだ……誰にでも良いから相談するか助けて貰え」

 助けてもらうのは無理だ。だって理由は執筆活動なんだから。でも、無理とは言えなかった。ちらっと、ああ、もう、限界が近いのかな。とも思ったけれどそっと蓋をした。まだ、頑張りたいから。柳君の手が私の頭を撫でる。優しい手付きだった。

「……うん。気を付ける」
「ああ」

 その後、用紙を提出して柳君も混ぜた四人で教室に戻った。

「そういえば真田は?」
「置いてきた。教室にいるだろう」
「可哀想に……」
「……………」
「青海、どうした?」
「いや、……。柳君の言葉が引っかかってて。……?毎日見てたって、毎日?中1から?」
「まさか。違うよ」
「?だよね、同じクラスになったのは初めてだし。まぁ、たまに図書館で会ったりはしてたけど……」

 どうも腑に落ちなかったけれど、まあ良いかと放っておいた。柳君の情報の入手先は知らない方が身のためだ。


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