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流行が苦手でも、流行は作れるようです。



 「真田君が小説を読んでいることを、何でそんなに嫌がるの?」と不思議がっているアナタ。勿論理由があってのことなんです。
 真田君が何を読もうが本人の勝手だし、それが自分の作品だと嬉しいですよ、そりゃね。
 しかしだ。
 彼は立海大付属高校が誇る、男子テニス部レギュラーなんですよ。去年は団体戦でインターハイ優勝なんかしてしまう強さで、個人戦も優勝を筆頭に上位に名を連ねているらしいのです。そもそも中学生の時から立海大付属は有名なんですね。
 中でも、“皇帝”なんて、間違っても高校二年生の男子が背負わない異名(実際、中学生の時から背負っているらしい。数年前までランドセル背負ってたのに)を背負って、全国に名を馳せる真田君。
 運動神経抜群、頭も良くて、凛々しい真田君。
 これで、モテないはずはありませんね。毎年、バレンタインなどは目を覆いたくなるような状況になるようです。一種の戦場らしいのです。
 何と、これでも当代レギュラーの中ではまだまだ序の口だそうで。
 恐ろしい。

 信じがたいことに、当代男子テニス部レギュラーは美形が揃いも揃っていることでも有名なんですよ。柳君が良い例だが、頭が大層よろしい方々もいる。運動神経なんかは言わずもがな。天は彼らに二物も三物も与えたようです。
 だから、ファンクラブなんてものがある。
 だから、話題に事欠かない。
 だからこそ、美形とかそもそも男子テニス部そのものにも興味がない生徒達も「あ〜、名前は耳に蛸が出来るくらいに聞いたことあるわ」となるのですよ。
 全くもって、恐ろしい。

 長々と語ってしまいましたが、もう少しお付き合い下さい。

 これは、もう、当代男子テニス部レギュラーを端的に表している話。伝説として末永く立海に語り継がれることでしょう。
 但し、綾に聞いた話なので、曖昧な点はご容赦願いたい。

 中学3年生の時の話です。2年前の話。あ、その時のレギュラーと当代は同じ顔ぶれらしいです。

 立海には、購買があります。
 食べ物から、書籍、普通の文房具、果ては立海ロゴ入りの文房具まで幅広く取り扱っています。規模は結構大きいと思います。私立ですしね。
 ここで問題になるのが、ロゴ入りのアイテム。
 はっきり言って、全く売れない。
 考えて下さい。なぜでかでかと「立海大学 RIKKAI University」と書かれた、いかにもチープな文房具を使わねばならないのかを。
 巷には、それこそ文房具が溢れていて、自分の趣味にあった文房具を心行くまで探せるのに。
 私なんかは、文房具屋で一日中過ごせると思います。見てるだけで、わくわくしませんかね?
 おっと、話が逸れかけました。元に戻しましょう。

 そんなチープな文房具、使う理由は限られていると思いませんか?
 思い入れがあるとか、使いやすかったとか……筆箱忘れたから、その場しのぎに買ったとかね。

 2年前のある日。
 購買を男子テニスレギュラーのひとりが訪れました。名前は……ま……ま……まるい?……しまった、ド忘れしたよ……。仮にMとしましょう。
 M氏はいつも食べ物を大量に買っていくそうですが、その日は違ったのです。何故か文房具が陳列されている棚の前に立ち、おもむろに「立海大学 RIKKAI University」のロゴ入りのシャープペンシルと消しゴムを手に取ると、レジにて購入。これだけなら、M君筆箱忘れたのかしら。で終わる話になります。
 しかし、話はここで終わらない。
 入れ替わるように、同じく男子テニス部レギュラーのき……きり……?後輩なので、余計に思い出せない……。第一、私は人の名前を覚えるのが苦手なのだ。絶望的と言っても良い。歴史の人物なら一目で覚えるのにな……。
 とにかく、仮にK氏としましょう。そのK氏も同じ行動に出たのです。
 これも、まだ忘れ物で済まされる範囲でしょう。実際、「2人同時だなんて、可愛い〜!」と叫んだ方々がいるとか。
 だが、決定打とばかりに三人目が現れたのです。しかも、我等が“皇帝”真田君。
 彼も購買に現れ、同じものを購入し、堂々と去っていきました。いや、堂々かどうかは分からないけれど、彼のことです。堂々と去っていったことでしょう。

 彼らの、男子テニス部レギュラーの行動は常に視線に晒され、情報が飛び交いまくっています。まさに高機能GPS搭載。

 遂にここに来て騒ぎ出すのが、それらの情報の供給源兼需要源、ファンクラブです。
 そう。チープな文房具を購入する理由が出来てしまったから。
 思い入れ、というやつですね。
 アコガレのアノヒトと同じモノを……!という感情。
 しかも、3人も同時期に購入しちゃったもんだから、「テニス部レギュラーが愛用している」なんて、噂が蔓延したから大騒ぎ。
 不思議だ。私の噂もそうなのですが、確認したらすぐ分かりそうなものなのに。しかし、そこが集団心理の妙。
 購買は押すな押すなの大盛況。かつて無い熱気に包まれました。ファンクラブが血眼になって詰めかけているので、熱気というより何がしかの情念だったかもしれませんね。
 考えるだに恐ろしい。
 因みに、この騒ぎで何も分からないまま被害にあった一般学生Aが何を隠そう私なのですが、些末な内容なので、それは機会があったら。

 とにかく、チープなシャープペンシルと消しゴムは瞬く間に完売したのです。
 これらを商品化しようと企画を出した人も予想外でしょう。だって、完売。在庫も全てハケたのだから。
 ……CMにおいて一番人の目を引き付ける人物をご存知ですか?
 以前、TV番組で見たのですが、それは国民的某五人組アイドルグループらしいのです。最近は携帯電話のCMに出ていますね。その中でもおそらく一番の人気であろうK氏は、ドラマ化すれば、ドラマ内の彼の職業が爆発的人気になり、そのファッションが大流行。社会現象を引き起こすことはご存知かと思います。
 勿論、社会現象とまではいかなくても、実際に男子テニス部レギュラーは学内現象程度ならば簡単に引き起こしてしまいます。冗談?いえ、冗談じゃないんです。彼らこそ立海の流行の発信源。乱暴な事を言ってしまえば、8人グループのアイドル扱いと言っても良いかもしれません。
 本当に、恐ろしい。


 長々とご静聴ありがとうございます。
 ここまで話せば、私が言いたかったことが少しは分かっていただけるかと思うのですが。

 真田君が、小説を読む。それはその小説が立海の中で注目されると同義。
 図書室の年間貸し出し数が600冊を超える柳君ならまだしも、真田君が学校で本を読む事は珍しい。
 いわんや、号泣をや。



 号泣したいのはこっちだ。
 男泣きに泣いた真田君は、これ以上無いほど皆の視線を独り占めした。噂を聞きつけて――文明の利器、携帯によるメールだろうか。違うクラスからも沢山人がやってきて、廊下を埋め尽くした。おそらく、あの中には例の当代レギュラー陣もいた事だろう。悲鳴も少し聞こえた気がする。はっきり言って、それどころじゃなかったから、確信は持てないけれど。
 読み終わった真田君は、私の目の前ですぐさま柳君にその小説を渡した。大絶賛しながらである。柳君も興味深そうに、そしてちょっぴり嬉しそうに受け取った。
 勘弁してくれ……!
 呻きながら机に突っ伏した私を誰が責められるだろうか。
 そう言えば、柳君が男泣きした真田君をからかわなかったなぁと気が付いたのは随分後になってからだった。

 翌日、「不覚にも、目頭が熱くなった……。青海も読んでみたらどうだ?」と柳君が2巻目を持ちながら、私に1巻を差し出してきた。

 卒倒しそうになったことを追記しておこう。
 真田君は3巻目を読んでいた。


 こうして、苦手なもの=流行。であるハズの真田君は見事に流行を作り出したのである。


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