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泣くな〜っ!お願いだから!



「本のタイトルは――『鵺鳥の』だ」

 衝撃の一言と共にチャイムが鳴ってしまい、その場はお開きになった。
 教卓では英語の先生が流暢に教科書を読みながら、文法の説明をしていた。学生と作家という二足の草鞋を履いている身としては、塾など通う時間など無いので授業に全てがかかっていると言っても過言ではない。
 今現在も、先生の話を聞いてメモを取っているし板書もしっかり書き取ってはいるのだが、やはりどこか上の空だった。
 チラッと隣の真田君を見ると、彼もどこか落ち着きがなかった。どうやら小説の続きが気になっているらしく、左手がしきりに机の中と外を行き来している。
 まあ、楽しんで貰えているのならば作者冥利に尽きるが…。しかし、読むのを止めて欲しいのが本音だ。自宅で読んでくれ。


 授業が終わると、途端に真田君は小説を読み始めた。
 私が朝からネタ帳を取り出して思案に耽っていたので、綾と早妃は遠慮して休み時間でも1人にしてくれていたのだが、ノートも出さずどことなく落ち着かない様子なのを察したのか、綾と早妃がやってきた。
「どうかした?」と聞いてくる2人には、ちらっと真田君を見ることで言いたい事の全てが伝わった。
 途端に、何とも言えない表情を浮かべる2人。
 綾なんかは「うわぁ…」と呟いた。うわぁ……って言うか、うわあああ!と叫んで、うおおおお!と本を奪い取ってやりたい。

「真田、熟読してるね」
「怖い位の表情だよね……」
「授業中、続きが気になってたみたいでそわそわしてた」
「そわそわしてる真田君が想像つかない……」

 早妃の呟きは尤もだ。真田君はいつだってどこでだって、威風堂々!と全身に貼り付けて、まさに隙のない佇まいをしていて、男は背中で語る、を体現していると思う。そわそわしてる“皇帝”なんて、頼りなさすぎる。負け戦確実だ。因みに、皇帝と言う呼び名は先日知った。似合いすぎていて、名付け親に拍手を贈りたい。まあ、私としては「お館様」でもいけると思うのだが……。どうでしょう。


 授業中はそわそわ、休み時間は熟読、という真田君の一連の行動は結局午前中一杯続き、お昼もお弁当を驚くべき速さで平らげて読書に勤しんでいた。
 かきこむと言うか、丸飲みしてない?と言う食べっぷりに「弦一郎、落ち着け」と柳君の注文が入っていた。「体に良くないよ」と私や早妃、綾も口々に言ったのだが、「うむ」と言うだけだった。よっぽど気になるらしい。真田君のキャラが崩壊している気がする。

「弦一郎のあの様子からして、余程面白いらしいな」
「ああ、みたいだね」

 必死!に読んでいる真田君を横目に、綾と柳君は件の小説について語っている。私は席を立つ理由もなく、会話に加わる気もなく、止める理由なんて更になく、とないない尽くしで居心地の悪さに若干身動ぎしつつ、英語の時間に出された宿題をしながら2人の会話を聞いていた。早妃は部活の後輩に呼ばれて、席を外している。羨ましいことこの上ない。

「あのシリーズ、全部図書室に入ってるよ」
「ほう、それは知らなかったな。俺も気になって、シリーズが何冊出てるかなど基本的なことは調べたんだ。評価もある程度データをとったのだが、かなり人気らしい。ドラマも先日第一話が放映されたしな」
「私は見たんだけれど、柳は?」

 そういう話題は振らなくて良いの!と言う私の心の叫びは届かなかった。と言うより、届いているけれど、綾は無視しているのだろう。楽しんでやがる……。

「原作を読んでから見ようと思って録画してある。しかし、神鳥は時代劇を見るのか。新しいデータだな」
「原作も読んでるからね。新刊ももう直ぐ出るし、ドラマ化に合わせて更に出るみたいだし」

 ちらっと私を見たその視線に、柳君は気付かなかったようだ。確かに、ドラマ化に合わせて新刊出せって言われたよ、綾様。

「随分と詳しいな……。俺が集めたデータではその様な情報はなかったのだが。まあ、本当に基本的なことしか調べなかったしな」

 柳君も余計なことをしないで欲しいのだが…。作者が正体不明ってことは結構有名だ。柳君はまだそのことを知らないようだけれど、知ったら絶対興味を持つ。本当に止めてくれ……。しかし、国語の実力テスト作った先生は誰だ。

「青海は読んでいるのか?」

 心の中で、国語の先生達に恨み言を言っていると、禁断の一言が投げかけられた。時間の問題だったけれど。
 読んでるって言うか、書いてます。とは言えない。今まさにネタ帳が机の中にありますなんて、言えない。
 読んでるよ。と言えば、話に加わる羽目になるので、なるべくなら回避したい。しかし、嘘をつくのも気が引ける。ボロが出そうだし……。返答に困り果てて真田君に視線を移すと、そこには衝撃的な光景が広がっていた。

 あまりの光景に、瞬間的に呼吸が止まり、頭も処理が追いつかない所か理解すること自体を拒否した。え?なにあれ?私の頭よ、正常に働きなさい!
 ぽろり、と手からシャープペンシルがこぼれ落ちる。
 カタン、と机に落ちた音がどこか遠くて非現実的に感じた。
 そうだ、病院へ行こう。可及的速やかに。だって、幻覚が見える。


 皇帝が、号泣している。


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