15

嗚呼、だから嫌だったんだ。



 呼び出しから2日。
 あれから全く音沙汰が無いことを考えれば、牽制はある程度成功したと言えた。
 そして、屋上にいた“誰かさん”も聞いたことを沈黙してくれているようだった。“誰かさん”から漏れたら一巻の終わりだし、怒り狂ったファンクラブから更にエスカレートした呼び出しがかかりそうだが、あの状況で口を出さなかったことを考えれば、恐らくいざこざに巻き込まれることを嫌うタイプだと思われるので、言い触らして騒ぎを大きくする可能性は少ないと思う。少なくとも正義感溢れるタイプではないだろうし。まぁ、授業をサボって屋上にいた時点で正義感も何もないとは思うけど。


 1限目と2限目の間の休み時間、さっさと次の授業の用意を済ませた私は、とあるノートを取り出して考えに耽っていた。
 一昨日、呼び出しがあった日。実は、私の時代小説を原作とした時代劇の第1話が放映された日でもあった。
 で、だ。
 商魂逞しい、と言ってしまえばそれまでだけれど、時代劇が放映されたこの機を十二分に生かそうと、出版社の方から「新刊を出しましょう。なるべく早く」と、鬼の様な提案が出された。「あの、前回の〆切りから1ヶ月も経ってないんですが」と言う私の抵抗は、いっそ清々しい位無視された。ああ、無情。

 と言うことで、話を書かなくてはいけない。このノートは、毎日、いや、常に持ち歩いている二冊のネタ帳の時代小説の方で、小説の核心部分から、主人公の屋敷の大まかな間取りも含めて、思い付いたことを何でも書き散らしてあるものだ。
 次は藩札のネタでもやるかなぁ。でも、そろそろ新しい剣客を出したいんだよなぁ。と走り書きした文字を目で追っていた。

「難しい顔をして、どうしたんだ青海?」

 移動教室から帰ってきた柳君が話しかけてきたので、不自然にならない程度にノートを急いで閉じた。

「お帰りなさい。いや、ちょっと考え事をね」
「また内緒か?」
「ま、ね」

 柳君の場合、心配半分好奇心半分なので結構質が悪い。
 座っている私の横に立ち、私の手が乗っているネタ帳をちらっと見た。何か聞かれるかな、とその場合の返答を頭の中であれこれ考えていたら、予想外に、ぽん。と頭の上に手を乗せて頭を撫で始めた。

「無理はするなよ」

 ドキッとする。彼は何もかも全部知っているのではと思ったからだ。

「え?」
「詳しくは聞かないでおくが、難しい顔をしていたのは確かだ。何かあったのだろう?いや、この場合はこれからある、と言った方が正しいか?とにかく、始業式の時もそうだが、青海は自分の限界をちょっと超えるのが好きなようだからな」
「好きじゃないし。無鉄砲でもマゾでもないよ……」

 柳君が「ちょっと」とか言ってる時点で明らかだが、からかい半分だ。
 だけれど、まだ頭を撫でているその手付きは限り無く優しいし、瞳も――きっと優しい。
 ベッタリしてるって言われた時は、嫌だなぁと思ったけれど、頭を撫でてくるのは嫌じゃなかった。最初のがっかりした記憶は、まぁ、この際「良い思い出」としておく。
 その手付きが、どこかおっかなびっくりと言うか、ぎこちなさを伴っていると分かった時から。

「重ねて言うが、くれぐれも無理はするなよ。あそこまで行くと単なる無茶だ。手伝えることがあるなら、遠慮なく言ってくれ」
「……うん。まあ、何かあったら遠慮なく言うね」
「頼むぞ」
「頼まれた」

 こうして優しい約束が成り立ったが、1ヶ月以内に始業式と似たり寄ったりの状況で登校するのが目に見えていた。柳君の好意をむげにしたい訳では決してないのだが、こればっかりはどうしようもない。
 手伝って貰う事ではないのだ。これは何処までも私の問題だった。

「さしあたって、頭を撫でてやる位しか出来ないが」
「柳君って、頭を撫でるの好きだよね。やたら撫でたがるし。私も撫でられるの好きだけど」
「知っている」
「知っているのを知ってるよ。がっかりした記憶付きでね。でも、ありがとー」
「……ああ」

 ゆっくりと撫でられる手付きに眠気を催しながら、うっとりしていた。頭を撫でられると幸せな気分になる。
 あー、もうこのまま新刊のこととか忘れちゃいたい。時代小説は食べ物一つとっても時代考証にかなり気を使うので、気疲れしたりする。幕末近くにしたら食べ物も道具も、もうちょっと色々遊べるのだけれど、前中期が一番好きなので、リスクを承知でサツマイモも出せないような、江戸前期から中期に設定してしまったのだ。水戸光圀――水戸の黄門様は重要な人物としてちゃっかり出しているのだけれど。新刊にも出すつもりだ。
 なんだかんだ言って、結局時代小説のことを考えている自分に苦笑を禁じ得なかった。ふふっと笑ってしまった私に柳君は怪訝な顔をしたが、何も言わない私に無理に聞き出そうとせずに頭を撫でることに専念したようだった。
 新刊には、紋切り型の武士らしい剣客でもだすか。と、頭を撫でられると言うより最早、髪をいじられながら考えていた。
 武士か……

「そう言えば、」
「何だ?」
「真田君は?」

 武士で真田君を連想してしまった。いつもならば、話に加わってくるのだが、今日は全く話に加わってくる気配がない。

「弦一郎ならば、読書にいそしんでいる」

 柳君が少し体をずらすと、隠れて見えなかった真田君が確かに一心不乱に読書にいそしんでいた。なんだ?凄い集中してるぞ。

「何を読んでるの?」
「弦一郎は時代小説が好きだからな」

 物すご〜く嫌な予感がした。

「実力テストの国語、最後の問題に時代小説が出題されていただろう?あの続きが気になって仕方がなかったらしい。かく言う俺も気になっていたが、どうやら、弦一郎は本屋で購入したようだな。本のタイトルは――『鵺鳥の』だ」



 作者、私だ。


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