14

細工は流々、仕上げを御覧じろ。
……そう大したものじゃないんだけれど。



「待ちんしゃい」

 平手が当たる、と思った途端、扉の上から声が降ってきた。さて、誰だろう。

「に、仁王君!?」

 仁王君、らしい。特徴的な話し方だな。なるほど、人選としては的確だ。
 彼女達は一斉に声のした方を振り向いたが、給水塔の影にいて姿は見えない。

「そこにいるの!?」
「見てたの!?」
「いつからいたの!!」

 大騒ぎになった。「仁王君」も顔は朧気にしか浮かばないが、確か男子テニス部でも人気がある人だ。同じクラスになった事がないので、外見に関しては本当に記憶が曖昧だ。銀髪……だったような。そりゃ、男子テニス部のファンクラブにとってはこんな現場を見られたら非常によろしくない相手の一人だろう。

「見てはおらん。聞いとったがの」
「そんな……!」
「聞いとっただけじゃ。お前さん達の顔は見とらん。見て欲しいなら、見てやるナリ」

 本当に、特徴的な話し方をする人だ。どこ出身なんだろうか。
 目の前でファンクラブの人達が慌てふためいているのを尻目に、「仁王君」の出自を考えていた。西の方っぽいなぁ。でも、色々混ざっているみたいで、良く分からない。お父さんが転勤族とか?
 こうやって考えるのは結構楽しくて好きだったりする。答え合わせをしようとは思わないんだけれど。
 給水塔の裏で立ち上がった気配。顔を見るつもりらしい。目の前の彼女達は更に慌てふためいた。

「っ!行くよっ!」
「うん!」

 まさに鶴の一声。一斉に出て行ってしまった。
 彼女達も『好きな人に振り向いて欲しい』と彼女達なりに一生懸命なんだろう。方向が間違っているとは思うけれど。ライバルを排除しちゃいけない。それも集団で。こうなるといじめになるし、更に強圧的な手段に出る人もいるだろう。ちらほらと暴力沙汰になった話は聞くし。私も気をつけなきゃいけなくなったみたいだ。面倒だが。


 しん、と静まり返った屋上。
 さてと、と見上げると、給水塔の影から人が出てきた。
 男子にしては、随分華奢な。その人に声をかける。

「お疲れ様〜。本当に助かったよ早妃!」

 ひょい、と顔をのぞかせたのは「仁王君」ではなかった。給水塔の裏から見事にファンクラブの面々を騙してくれたのは、彼女――早妃だ。

「宙!大丈夫!?何もされてない!?」
「ナイスタイミングだった。全然大丈夫」
「アイツ等……どうしてくれよう……」
「どうもしなくて良いよ。少しは大人しくなる事を期待する」
「なると良いけど……」

 なって欲しいな…。顔は見られてないけど、声は聞かれたと思わせた訳だし。

「それにしても、流石は玉梓早妃。演劇部の看板役者だけあるね」

 そう。早妃は演劇部なのだ。男子テニス部ほどではないが、立海の演劇部も有名だ。中でも彼女はプロからお声がかかるほど、巧みな演技で魅せてくれる。だから、今回私は早妃に助けて貰った。屋上という場所からして、言葉による暴力だと踏んだから。それなら行き過ぎても、女子だけだろうし平手程度で済むとも思った。

「脚本は、宙だけど」
「手がでる雰囲気になったら、男子テニス部の誰かの声でこんな感じの台詞を言ってね。っていう我ながら丸投げの台本ね」
「仁王君辺りなら、ファンクラブだし、口調だけで蹴散らせると思って」
「私、男子テニス部良く知らないから具体的な指示が出来なくて申し訳ない。しかし、早妃の読みはバッチリだった訳だ。それに見事な演技だったよ。声も完全に男だったし」
「玉梓早妃ですから」

 えっへん。と胸をそらしてから、トン、と隣に降り立った早妃を私はギュッと抱き締めた。

「嫌な役でごめんね」
「そんなことない」
「我慢してくれて、本当にありがとう」
「う゛〜っ」

 握られたままの早妃の掌をそっと開く。よほど強く握り込んでいたらしく、うっすらと血が滲んでいた。早妃は全てを聞いていた。聞いて、何か言い返したくてもずっと我慢してくれていた。誰かが手を出す、その機会を逃さない為に。

「宙の、方……はっ?」

 ポンポンと早妃の背中を叩く。

「本当に大丈夫だから。目障りとかウザイ程度で傷つくような私ではないよ?」
「でも、やっぱり言われたら嫌だよ……」
「そうだね。でも、私には早妃もいる。綾もいる。……心配しないで」
「柳君にもう近づかない方が良い……と思う……」
「真田君は?」
「真田君なら良し」

 嫌われてるな〜柳君。笑うしかない。

「向こうがねぇ……近づいてくるんだよねぇ……」
「……………滅べ」
「でも、何だかんだ言いながら早妃だって柳君の事、友達だって思ってるでしょ?」
「………………………」
「早妃がお腹の調子が良くないって出てったから、真田君心配してた。柳君も何も言わなかったけど、廊下をしきりに見てたよ」
「…………」
「友達が突然離れたら悲しいよ。私は悲しいな。だから、私は友達でいたいと思ってる」
「……うん」

 こくりと頷いた早妃をもう一度しっかりと抱き締める。「近づかない方が良い」なんて言ったけれど、そう言った早妃が誰よりもその言葉で傷ついている。本当に、彼女は優しい。優し過ぎて、傷つき易くて、実はとても寂しがりや。その優しさで、私を変えてくれた愛すべき友人だ。

「さて、案外時間がかかっちゃった。皆食べ終わってるかも。戻ろうか」
「綾はまだ食べてると思うよ」
「綾はゆっくり食べるからね」

 今日のお弁当の話をしながら、早妃がドアを開き校舎の中に入る。続いて入ろうとしたが、思い出したことがあって立ち止まった。

「そこの影にいる人。騒がしくしてごめんなさい。出てこなかったことが有り難かったよ。出て来てたら色々面倒になってたからね。じゃあ、サボリも程々にね」

 言いたいことを言ってスッキリした私は、早妃を追いかけて屋上を後にした。



「面白いやつじゃ」

 仁王雅治はむくりと起き上がった。
 授業をサボって惰眠を貪っていると、誰かが屋上に来たのが分かった。そいつは給水塔の裏に行ったので、放っておいたら更に人が来た。
 で、あの騒ぎ。
 口を出す気にもなれん。
 そういえば真田と参謀が最近、共通の女子の話題で盛り上がっている時があった。同じクラスらしい。参謀はまだしも、真田までとは珍しい事もあるもんじゃとは思っとったが、ファンクラブの潰しが入ったか。
 どう出るか、聞くだけ聞こう、それだけだった。

 しかし、見事に収めた。
 詐欺師と呼ばれる自分のお門を奪うように見事に化け、柳生顔負けの演技力にも驚いたが、宙と呼ばれた方だ。
 俺に気付いとった。それも初めから。流石に「仁王雅治」本人だとは気付かんかったが。人がいる、と気付いただけでも、十分。
 更に、筋書き通りに話を進め、早妃……玉梓早妃の演じる「仁王君」を登場させて見事な幕引き。
 そして何より。 テニス部の影は借りたが、テニス部の格は落とさんかった。

 見てないから、去れ。とは。
 「仁王雅治」に傷はつかないだろう。つくどころか、ファンクラブの奴らは「俺」に感謝するかもしれん。

「参謀と真田が気に入るのも道理じゃ……」

 青海宙。覚えておこう。
 仁王は再び眠る態勢に入った。


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