08 フラグが立っていく……。呼び出しと書かれたフラグが……。 携帯を握り締めて呆然としていると、件の携帯が震えだした。 しかも、この震え方は電話だ。 ヤツだよ。絶対ヤツだ。 腹を括って携帯を開くと、案の定20件の履歴を残していった番号だった。 通話ボタンを押す。 「現在、この電話番号は繋がりたくありません」 『なんだその願望は』 うわ〜ん、柳君だよ〜! 『おはよう、青海』 「おはよう、ござい、ます。柳君」 くそう。無駄に良い声しやがって。それに、勝ち誇った声だ。 『知りたかったら調べろ、と青海は言った。知りたかったから俺は調べた。文句は無いはずだ。あるなら昨日の自分に言ってくれ。……昨日は何故出なかった?』 調べられるとかさ、思わないよ普通。そこで諦めてくれよ!そして早いよ調べるの! ああもう、昨日の自分に文句を言いたいよ! そして、(はからずも)無視しちゃった事を柳君が怒ってるよ! 時間も迫っている。電話しながら登校するしかない。 「無視したくてした訳じゃないよ。昨日、私がふらついている理由を知ってる柳君なら、予測できるでしょうよ。得意分野のはず」 『……起きなかったのか』 「申し訳ないけど、全く起きなかった。気絶してた」 『大丈夫なのかそれは』 「たぶん」 『たぶんか』 最後に忘れ物がないか、そして火の元と戸締まりを確認して家を出た。いってきますは心の中で言っておいた。 『……わざとではないんだな』 「いくら出たくなくても、誰か分かった時点で一応出るし返信するよ。そこまで非情じゃない。メールも見たから…」 『そう、か。どちらも正しかったということだな。ひたすら一方通行だったから、少し不安になったんだ』 そりゃ、あれだけ電話してメールしてうんともすんとも返事が来なかったら、不安になるわな……。 「それは本当に申し訳ないと思ってる。……『調べたぞ』とか『観念して返信しろ』とか『現実と向き合え』とか、本文にイラッとくるものがあったけどね」 『ああ、青海がわざと返信しないのだと思ってな』 「調べたメルアドが間違ってたら随分面白い事態になってたのに……残念だよ……」 『…………』 ちょっと意趣返しをしてやった。というか、怖いよね。全く身に覚えのないアドレスからそんなメールが続々と届いたら。なんの呪いだって思う。 「とにかく、柳君の思惑は叶ったわけだし、私もちゃんと柳君の情報収集能力の気持ち悪さは学習したよ」 『褒め言葉として受け取っておこう』 「………電話番号とアドレスは登録しておくから」 『ああ。当たり前だ』 「…………………じゃあ、もう用件はないね。切ります。また学校で」 問答無用で電源ボタンを押した。 あぁ……。どっと疲れた。 学校行きたくない……。 そんなことを考えたって学校には行かなくてはいけない訳で。嫌だ嫌だと思えば思うほど、学校までの時間は何故か早く感じる訳で。 あっという間に教室に着いた。 開きっぱなしの後ろのドアから入ると、綾が既に着席していて現社の課題を見直していた。 「おはよう、綾」 「あ、おはよう〜宙」 にっこり笑ってくれる綾に私は泣きついた。 「あぁあ、癒される!綾のその笑顔に癒された!」 「どうした」 「聞いてくれるか!あ「ガシッ」 えぇええ。 デジャヴ再び。 ギ、ギギギギ。と油の切れた機械のようにぎこちなく、恐る恐る振り向くと、なんとも幸せそうに微笑む柳君が今度は肩を掴んでいた。泣くぞ。 綾はさっと身を翻して傍観を決め込んだ。基本的に、綾は自分が巻き込まれなければ、こういう類は見て楽しむタイプだ。火の粉が他人にかかってるのをニコニコしながら見ている。いざ自分が巻き込まれれば、全力でもって叩き潰す。 うん、分かってたよ。こうなるって分かってた。 でも、綾が結局助けてくれるのも分かってるのだが。ぎりぎりの線でだけど。 「さっきぶりだな。おはよう、青海」 えらく楽しそうだな!柳氏よ! 「…・・・ああ、うん。おはよう」 「疲れはとれたか?」 「今凄い勢いで疲れが溜まってますが」 「朝食は食べたか?」 「無視か。やっぱり無視するのか。無視してる時点で確信犯だな……!」 「食べたのか?」 この人、人の話聞かない……。 「……食べたよ……ゼリーだけど」 「まだ駄目なのか」 そう言うと、愁眉(非常に不本意だが、そう表現するしかないんだろうな……)も麗しく、よしよし、と柳君は私の頭を撫で始めた。 実は、私は頭を撫でられるのが好きというか、とっても弱い。 うっ、と若干照れながらされるがままになっている私に気を良くしたのか、柳君は「よしよし、これもデータ通りだな」と呟いた。 「……がっかりした。柳君にがっかりした。本当に気持ち悪いんですが。貴方はどういう情報を集めてるんだ。………もう頭撫でないで下さい。うっかり幸せを感じた自分にもがっかりだよ」 たった1日でどれだけ情報収集してるんだ。そして、どういった種類の情報を握ったんだ。 ……ちょっとこれは、洒落にならない。私の“正体”を、尻尾を掴まれるかもしれない。 気を引き締めないと。 未だに頭の上と肩に乗っている柳君の手をひっぺがえして、残念がっているのも全力で無視して自分の席に戻った。 相変わらず、断末魔の如き悲鳴と、容易く人一人射殺せそうな視線は収まらない。逆に増えている。 あ〜、その内呼び出しかかりそうだな……。 漫画みたいな男子テニス部の人気と、冗談みたいなファンクラブの存在。 家に帰りたい……。 げんなりしていると、「その、すまないな……」と真田君が謝ってきた。 君は何も悪くないよ、真田君。 ふふ。と諦念を滲ませて笑っている所に、いつもギリギリで登校する早妃が教室に滑り込んできた。 もう、そんな時間だった。 |