06

死んでますが、何か?


 駄目だ……もう疲れたよ……。とぐすぐす泣き言を言う私に、お昼を一緒に食べようと綾と早妃が私の机まで来てくれた。

 殆ど学食に行ってしまったらしく、見回した教室には数えるくらいしか人がいなかった。男子テニス部のお2人も教室でお弁当組か。
 なにやら、柳君と目があったような気がするけど、目があったのか合ってないのか良く分からなかったので、放っておいた。糸目の人ってアイコンタクトとか出来るのかな?テニスには必要ないのか?

「吃驚した」

 綾の声に我に返ると、苦笑しながらお弁当を開いていた。「何に?」なんて、聞かなくても分かる。それに一番吃驚したのは確実に私だ。

「宙、余計に疲れたんじゃない?」

 早妃もお弁当を開きながら、心配そうにのぞき込んできた。早妃のお弁当は、早妃の手作りなのだが、いつも美味しそうだ。実際、とても美味しい。

「吃驚した。そして疲れた。目が点になるって身を持って体験したよ……」
「大丈夫?」
「何とかね。それより心配な事がある」

 怪訝な顔をして、2人がこっちを見た。

「間違えてたらどうしよう、とか?」
「それもある。けど、これって卑怯なんじゃないかって事。答え分かってるんだよ、私。誰よりも一番分かってる。先生達はちょっとした贔屓というか、イタズラなのかもしれないけど、私はズルをしてるんじゃないかって。カンニングと一緒じゃない?」
「それは、作った先生の責任でしょ?」

 綾の一言も納得できる。問題をあらかじめ知っていた訳じゃないし、最後のあの問題は、問題数からしても配点は高くないだろう。
 だけど、なんか自分がズルをした気分だ……。国語の先生に抗議に行こうかな……。

「疲れた……眠い……」

 べちゃっと机に沈むと、突然

「たるんどるぞ!青海!」

 と真田君に一喝された。私の名前は知っていてもおかしくない。実際、私・綾・早妃の三人の名前は真田君ほどではないが、同じ学年の中では有名だろう。しかし、なんで席が近くもないのにわざわざ一喝するんだろう……。そもそも今は昼食の時間だ。たるんでたって良いじゃないか。
 疲れたんです、休ませてください。と思考を放棄して真田君の一喝も無視してべっちゃりしていた。

「青海!」
「……………」
「青海!」
「…………………」
「お」
「五月蝿い、黙れ」
「消え失せろ」
「………………………」

 綾と早妃がキレました。

「し、しかしだな」
「「もうしゃべるな」」
「…………」

 早妃と綾が私の為に怒ってくれているのは分かるけれど、なんか真田君が可愛そうになってきた。柳君も助けてやれよ。

「弦一郎はこれでも心配してるんだ」

 おお、早速柳君のフォローが入った。流石は友人。美しき友情だね!

「そんなことより」

 あ、柳君が切って捨てた。

「青海は食べないのか」

 答えるの面倒だな……。だけど、多分、一応、心配してくれてるんだろう。彼も。真田君と同じく。仕方が無く、私はべっちゃりしながら答えた。

「……入らない」
「入らない?」
「汚いこと言うけど、今の私は固形物を胃に入れても吐いちゃうんだよ。実証済み」
「何故だ」

 尋問?これは尋問か?

「……過度の睡眠不足と過労といった所かな」
「何?」

 真田君復活!

「寝てないのか」
「ま、ね」
「たるんどる!」

 お決まりの台詞が飛んできた。今日一日で何度も聞いているので、なんだろう、こう、微笑ましい感じがしてきた。真田君はきっとお祖父様と一緒に暮らしているんだろう。それも、とっても厳格なお祖父様。でも、真田君はそんなお祖父様が大好きなんだと思う。おじいちゃん子?
 真田君の家族構成と家庭の一端が分かってしまう。
 ふっと微笑んでしまっている私には当然気づかずに、真田君は余計な一言を言ってしまった。

「大方、春休みの課題が終わっていなかったのだろう!」

「「「………………」」」

「弦一郎、その確「ちょっと表出ろや」

 柳君の言葉を遮って、ガタンッと音すらも勇ましく椅子から立ち上がった早妃は口元に美しい笑みを浮かべていた。あ〜あ、凄く怒ってるぞこれは。
 早妃は感情表現が豊かだ。良く笑うし、腹が立てば直ぐ怒る。

「早妃、私の分も残しておいてね?」
「了解☆」

 綾も臨戦態勢だよ……。

「真田君」

 よっこいせ、と頭をもたげて、そんな2人に若干たじろいだ風の真田君を見ながら話しかけた。

「残念ながら、その予想は外れだよ。私は3月中に課題は全てやり終えてある」
「!」
「テスト勉強でもないよ。まぁ、やむにやまれぬ理由と言いますか。自業自得な感じはあるんだけどね〜」


「……すまない」

 蕭然としながら、真田君が謝ってきた。しっかり頭を下げる真田君は、素敵だなと思う。素直にあやまる、ってなかなか難しいから。

「いや、正直、課題云々と言われた時はちょっとカチンと来たけどね。真田君より早く終わらせた自信があるし。でも、さっきまでの私の態度からして、そう思われても仕方がなかった。かなり失礼な態度をとってました。私もすみません」

 私もしっかりと頭を下げると、真田君が「いや…」と返してくれて、お互いに微笑みあった。なにやら友情が少し芽生えたかもしれない。基本的に彼は真っ直ぐでとても良い人なんだろうな。

「俺は青海をそこまで追い込んだ、やむにやまれぬ理由、というのを聞いてみたいのだが」

 今まで私の言葉を静かに聞いていた柳君が、これまた静かに聞いてきた。

「それは、秘密ということで」

 私は口に指を当てながら少し意地悪く笑う。

「それは、是非暴かなければいけないな」

 柳君は顎に手を当てながら楽しそうに笑った。


 しまった!彼は人の情報を集めるのが趣味だった!
 格好付けてる場合じゃない!


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