04

 断末魔の原因はこれか。



 あの後、無事にクラスを突き止めた早妃に歓喜の悲鳴付きハグを頂いて(「校長、良くやった!褒めてつかわす!」と言っていた)私たち3人は2年E組に入った。
 誰が指示するでもなく、窓側の一番前から数えて、自分の出席番号の席に座る。
 荷物を置いて一息着くと、朝のひと騒動ですっかり忘却の彼方へと追いやっていた疲労感と異常な眠気が襲いかかってきた。出かけに薬を飲んだので、体のだるさと熱っぽさはある程度引いてくれてはいたが、薬の副作用で眠気は増している気がする。

 あ、やばいわ……。

 「宙〜」と名前を呼びながら私の席に来てくれた綾と早妃に、へらっと笑い返した。

「大丈夫?もの凄く眠そう。目の下の隈も凄いよ?」
「眠いね。ハンパなく眠い。今なら眠る速さ、のび太君にも負けない自信があるよ」
「……〆切り重なった?」

 早妃の小声での問いかけに苦笑が漏れた。この2人だけではないけれど、彼女達は私の“正体”を知っている。
 心配そうな綾の手をなんとなく握りながら、もう片方の手の指で3を示した。

「3本。春休み中に3つ書き上げた。因みに今日3本目の〆切りね。何とか間に合った」

「「……………………」」

 え、無言?地雷踏んだ?

「死にたいの……?」

 握っていた手を振りほどかれ、地をはうような声音で綾が囁いた。恐っ!!

「いや、死にたくないです。生きたいです」

 綾も早妃も美人なので、怒った時の壮絶な微笑は、本当に怖い。心底恐怖を感じる。綾は声も綺麗だから、恐怖のあまり若干震えてきた。ウチの親は放任主義的な所が強いから、まず怒ったりする事が少なく、怒られ慣れていないので余計に怖い。

「重なったって言ってもね、一つはアニメのDVD特典のショートだし。一つは春休み入って直ぐに〆切りだったから、殆ど完成してたんだよ」

 親に言い訳をする子供のように必死に説明したが、「で、今日が〆切りの方は……?」と綾の切り返しに、「ぐっ……!」と私が詰まってしまった。親に言い訳は通じないのと同じで、綾に言い訳は通じない。
 卑怯な手だが、話を変えなくては!

「早妃!」

 と名前を呼んで、さっきからしゃべってない早妃の方を見たら。
 あれ、何かこっちの方が危なくないか。

「宙……、私早退するね」
「目が、目が据わってるよ!あれ、瞳孔開いてない!?」
「襲撃してくる」
「何を!?誰を!?どこを!?」

 ヤメテ〜!とすがりついて止める私に、慈母の笑みを向けながら「宙の為なら、私は手を汚すのも厭わない」とか、変なことを言い出した早妃。これは完全に危ないぞ。
 クラス分け表の時とは逆に、私がギリギリと早妃の腰に巻き付きながら、助けてくれ、綾様!と振り向くと

「何日寝てないの」

 おおう!こっちの話も終わってなかった!綾も目が据わったままだ。
 「廊下が騒がしくなってない?」と言う私の言葉を無視し、に〜っこりと笑う綾に鳥肌を立てる。恐怖には勝てない。

「ふ「「「キャー」」」

 早々に白旗を揚げて、日数を答えようとした私の声に悲鳴が重なった。

 吃驚して振り向くと、中学の時から何かと話題に事欠かない男子テニス部のメンバーが、クラスに入ってきていた。それも、2人。

 悲鳴を纏って登場した彼等に、我が友は毒気を抜かれたらしい。ほっとした。ありがとう、テニス部のお二人!えっと、柳君は完全に顔と名前が一致しているのだが……真田君だったよね?とにかく、ありがとう!と心の中でだけ手を合わせた。

「っていうか、同じクラスなのか」
「「私も今知った」」
「クラス分け見たんじゃないの?」
「友達しか確認してないし。名前だけ見てもすぐピンとこない」

 確かに。まあ、同じクラスになるかどうかとか興味ないよなぁ。

「あ。断末魔の原因は彼らか」

 人気だもんね。ファンクラブがあるとか、もはやギャグの領域だ。他の学校に通っている友達に言っても「え?冗談でしょ?」とか取り合ってもらえない。英語の教科書に出てくるような「Are you kidding?」っていう感じで返される。しかし立海ではこれが現実で、必死な乙女が多い。必死さが変な方向に向かって、こちらは笑えないような問題もたまに起こすんだけれど。本当にどんな漫画設定だよ。
 しかし、そんなに同じクラスになりたかったのなら、校長に直談判しに行けば良かったんじゃないかな。未だに腰に巻き付いてる私に、うっとりし始めた早妃を見上げながら、思った。

 廊下で先生が「体育館に行きなさーい」と声を上げている。

 再び疲労感と睡眠不足をすっかり忘れていたことに気付いた。
 しまった。思い出さなければ良かった……。


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