怖ろしく不定期な日記。
*相棒…大学で知り合った家が近所で専攻も同じなロデムの親友。


Tuiki

はろうぃん


 しゅん、とうなだれた尻尾と、ぺたり、と垂れた耳は、背を向けられているが故に一層愛らしさが増して庇護欲を誘っていた。しかも、その頭にはなぜか可愛らしくもジャック・オ・ランターンと、蝙蝠の翼があしらわれたカチューシャが装着されているのだ。

「……あえて聞くが、アレ、どうしたんじゃ参謀」
「可愛すぎますけど、下手に声もかけられないので困っているんですよ」
「あのカチューシャ、青海さんの手作りっぽいよね」

 部室の片隅で、おすわりの体勢でこちらに背を向けて床を見つめ続けている柳を視界に入れつつ、こそこそとテニス部のメンバーが言葉を交わしていた。真っ黒の大型犬がしょんぼりしているその姿は、ただ可愛いらしいの一言に尽きたが、それが柳と知っている一同はどうリアクションを取って良いものかと困惑するしかない。おおよその事情は察せるものの、怖くて聞けるものでもない。お前が行けよ、と肘でお互い小突きあっている中、一人幸村だけがしきりに柳の頭の上に乗っている、ハンドメイドらしい一品を絶賛していた。
 口が裂けても言えないが、確かに異様に似合っている、とそこにいた全員の心の声が一致した瞬間だった。



「Trick or treat!」

 放課後、教室や廊下のそこかしこで今日の合言葉が飛び交っていた。同じように悪戯を回避する唯一の手段である、お菓子も飛び交っている。
 部室へと足を進めている柳の鞄の中にも、今日のためのお菓子が入っていた。真面目かつ品行方正で通っている柳だったが、こうしたイベント事にはある程度寛容であるのも彼の美点だ。仲間である丸井や赤也にねだられる事を見越してのお菓子であったが、もうひとり、柳には今日だけ通じるかの合言葉を己にかけるであろう相手がいた。

「蓮二君!」

 そうして想いを馳せていたまさにその時、廊下の先から現れた人物。柳を見るなり、ふわり、と笑んでぱたぱたと駆け寄ってきたので、柳自身も笑顔で迎えてその身体を引き寄せる。

「宙。……これは手作りか?」

 抱きしめる寸前まで引き寄せた恋人の頭には、小さな魔女の帽子があしらわれたカチューシャがはめられていた。小さいながら、なかなかに凝った作りである事がうかがわれ、柳は新たな発見をしたと笑みが一層柔らかくなった。

「うん、そうだよ。それでね」

 彼女が何を言うのか全て分かっていたが、野暮な事は止めようと続く言葉を待つ。勿論、それに返す言葉も何もかも、そちらも全て用意してあった。

「蓮二君、Trick or treat!」

 待ってました、とばかりに柳は一層身体をくっ付けて耳元に唇を寄せた。くすり、と小さく笑ってから、可能な限り淫靡に、吹き込むように囁く。

「――イタズラしてくれ」

 ちゅ、と耳にキスを落として身体を抱きしめる。
 途端、ふにゃり、と恋人の身体から力が抜けたのが分かったが、フ、と吐息だけで笑い、その柔らかさを堪能するように腕の中に納めてしまった。口の端を上げて微笑するその表情は、どちらかと言えば悪魔に近い。さて、どう食べてしまおうか――、そんな言葉が聞こえてくるようだった。魔女を捕らえた悪魔は、非常に満足そうだ。

「いぬ、」
「?」
「犬の姿になって下さい」

 囚われの魔女が、腕の中で小さな声を出した。柳が求めながらも逆に仕掛けた悪戯を、律儀に叶えようというらしい。更に柳の笑みが深くなる。データ上、どうしたって彼女が仕掛けるイタズラは可愛いもので、結局自分のペースに引きずり込めると弾き出したからに他ならない。
 了承した後に、もう一度しっかり抱きしめてから身体を離すと、真っ赤になっている愛しい魔女の手を引いて、部室に程近い空き教室に2人で入った。扉を閉めると、お菓子が入っているであろうバスケットを、ぎゅ、と握り締めて俯いてしまう。そんな恋人を見て、色々危ないかもしれない、理性とか。と柳が不埒な事を考えつつ、身を屈め、そっと唇を重ねる。一回だけ、と思っていたが、情けないがどうにも我慢できずにもう一度キスを贈る。これ以上は己が駄目だと判断し、可愛いな、と呟いて、頬をひと撫でした後、すぐに真っ黒の犬に姿を変えた。
 彼女がしてくれる悪戯が、少々楽しみでもあったのだ。

 制服を引きずりつつ恋人を見上げると、当の恋人がまだ羞恥の残る表情ながら、何か決意を新たにしたようにバスケットに豪快に手を突っ込んだ。
 あれ、と柳がいつもの彼女と違う雰囲気を訝しむが、後の祭りだ。
 バスケットから出て来た手に握り締められているのは、カチューシャ。しかも、ジャック・オ・ランターンの飾りと、蝙蝠の羽が可愛く飾り付けられていた。ぎゅっと両手で新たに握りなおし、じりじり、と近寄ってきた。

「宙、ちょっと、待て」

 それはちょっと――、と言う言葉を完全に無視して、すぽっと頭にはまったそれ。

「今日は、学校出るまで外しちゃ駄目です!」
「な、」
「外したら、」

 素早く携帯を取り出したと思ったら、ピロン、と軽快な音が響いた。

「この写真、ずっと待ち受けにする上に、仁王君とか幸村君とかに送ります!」

 最悪かつ的確な人選に固まるしかない。やられた、と柳は呻いた。
 にっこり、と笑う恋人は確かに魔女だった。しかし、悪戯を望んだ手前、何も言えずに諦めるしかない。
 その日、何故か柳がハロウィン仕様のカチューシャをはめながら、不本意でしかないといった表情でコートに立っている姿が多くの生徒に目撃されている。理由はなんとなく察せられたが、結局だれも尋ねる事はしなかった。だが、ある部員が、腹筋が鍛えられる、と常の着用を打診したが、絶対に嫌だ。と語気も荒く断る姿は、ごく少数の部員しか知らない。
 そして翌日、柳の恋人がふらふらしながら登校する姿を目撃した人物は更に少なかった。昨日の菓子はとても美味しかった。と昨日とは一転して本意を遂げたような表情の柳が小さく呟いたのを耳にした仁王は、ご愁傷様。と賢明にも口の中だけで唱えるに止めたのだった。

2012.10.31 21:59
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -