あり得ぬ希望に手を伸ばす

「訓練兵の視察、ですか」

「あぁ、そうだ。壁外調査までにはまだ時間があるし、イリスもどうかと思ってな」


書類整理が終わってすぐ呼び出されて、緊急か、何事かと思えばこれだ。時間があるとは言っても、その壁外調査の作戦立案も済んでない。慣れない仕事ばかりで手が回らなかったのが原因だけど、団長は団長の仕事兼、今私がやっている仕事を同時進行で行っていたというのだから脱帽する。そんな団長からの誘いだから受けたいのは山々だし全く興味がないわけではないけれど、仕事くらいはきちんとしたい。


「お誘いはありがたいですが、お断りします」

「ほう、何故だ?」

「分かっているでしょう。時間が足りないんですよ」


部下がいるなら別ですけどね。それも付け加えてやったら団長の口がニヤリと形を作った。あ、これ何か企んでるな。そんな顔。


「お前の将来の部下を探すのさ」

「・・・はぁ?」

「年上だと気を使うから部下はまだいいと言ったのはお前だろう」


それは確かに、そうだ。私はどちらかと言うと上下関係を気にする人間だと自分では思ってる。しかし参謀という位置についている今では、私が来た当初から知っている兵士以外は当然私を上の人物として見ているわけで。歩けば敬礼をされ、話しかけても敬礼をされ。そりゃあ兵士としては地位が上なのだから仕方ないことだけど、本当に気が滅入ってしまう。だからと言って、訓練兵団に部下を探しに行くとはどういうことだ。


「まさか、訓練兵の中から引っ張ってくるおつもりですか。嫌ですよ、私。いくら歳が近い子だからと言って調査兵団の部下として扱うのは。絶対に嫌ですからね」

「イリス、話をきちんと聞け。将来の、と言っているだろう」


そんなの、確実に調査兵団へ行こうと思ってる訓練兵なんてどんなに少ないことだろうか。しかもその中から部下を選べと言うのか、この人は。


「適役がいるかもしれないだろう。参謀の部下として。丁度104期がお前と同じ歳の子たちが多いんだ。年下が来るのを待ってもいいが、部下を作るのは早い方がいいだろう?」

「それは、そうですけど」


そんな簡単に見つかるものでしょうか。イリスがそう言おうと口を開きかけた時、執務室の扉が少し乱暴に開かれた。そこに立っていたのは兵長で、イリスと団長を交互に見た後軽くため息を吐いてすぐ傍に設置されているソファに勢いよく座る。あまりにもそれまでの動作が速くてもしかしたら機嫌が悪いのでは・・・と話しかけられずにいたが、声色から察するに、特に機嫌が悪いわけでは無さそうで、胸をなでおろした。


「リヴァイ兵長は、どうするんです?」

「あ?何の話だ」

「訓練兵の視察の話ですよ」


そこまで言えば、兵長は数秒考える素振りを見せて、「あぁ、」と小さく呟いた。


「どうするも何も、俺が任されたんだから行くしかねぇだろ」

「え?兵長が責任者なんですか?」

「・・・何か文句あんのか」


うわぁ、やだなぁ、兵長とお出かけするといつも何らかの形で怒られるから。

そんな視線を向ければ、ジロリ。刃物のような視線を向けられて何も言えなくなる。今文句を言おう物なら、明日から私の仕事は2倍に増えることになるだろう。私の仕事の管理は兵長なのだから、彼にとってそんなことは朝飯前だ。ただでさえ時間が足りないと言うのに、そんなことあってたまるか。断れば理由を聞いてくるのは目に見えてるから、仕方ない。この話を受けよう。なんだかんだ言って、いつも断れないけど。


「いいえ、文句なんてとんでもない。団長からもお話があるとは思いますが、私もお供させていただこうと思ってるんですよ」

「イリス、私はまだ君から返事をもらっていないが?」

「だそうだ、イリス」


団長、こんな時くらい話を合わせてくれたっていいじゃないか。あぁほら、兵長の眉間の皺が増えた。


「受けます、受けますよその話」

「君ならそう言ってくれると思ったよ」


ニコリと、胡散臭い笑みを浮かべてくる団長に苦笑いを返した。この人、結果を分かっていながらこちらの反応を楽しむから性質が悪い。


「それじゃあ2人に決定だ。しっかり視察してきてくれ」


黙って静かに敬礼をして、部屋を出た。兵長は恐らく、まだ話があるだろうから先に失礼する。

それにしても104期訓練兵か。実年齢は分からないけど、推定で行けば、私と同じ年頃の人が集まっているんだろう・・・。別に遊びで行くわけではないけれど、やはり少しの緊張と期待はある。


「友達、出来ないかなぁ」


少なくとも向こうは私のこと上官だとしか、思わないだろうからあり得ないんだけど。



私が新しい何かを知るまで、あと少し。


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