「来たか、リヴァイ」
午後からずっと机に向かって、ようやく全ての書類を確認し終えたところに部下伝いでエルヴィンから呼ばれた。タイミングから見てイリスのことだと予想するのは容易いことだ。どこか機嫌をよさそうにしているエルヴィンを見るに、恐らくイリスを引き入れることに成功したのだろう。
「思ったよりも早かったな」
「あぁ。案外乗り気で助かったよ」
書類に目を向けながら口角を下げることなくそう口にするエルヴィンは心からそう思ってるのだろうが、リヴァイには理解できなかった。
「何故イリスにこだわる。異端だからか?」
「それはリヴァイも同じだろう。興味がないなら何故連れ帰った」
「興味本位か。言っちまえばそうかもしれないな」
イリスを連れ帰ろうと思ったとき、特に調査兵団への利点を見出したわけではない。だが可能性はあった。獣になりきれてるわけではなくとも、人間でもない。だとしたら巨人討伐に特化したした力があるかもしれないと。恐らくエルヴィンも同じ考えだろう。
「彼女は特殊だ。懸ける価値は十分にある」
「その根拠のない可能性でよく上が許したもんだな」
「あぁ・・・。もちろん条件付きだが」
無条件だとはリヴァイも思っていなかった。イリスを調査兵団に一任するということだけでも結構なリスクなのだ。異様な彼女の姿が無関係の人々の目に触れれば、信頼を失うのは調査兵団だけではない。
「リヴァイ、1年だ」
「・・・あ?」
「1年で、イリスを上が納得するような兵士に育て上げるんだ。イリスの力が訓練に対して特化していなかったとしても関係ない。1年経って上から評価されるような兵士に育たなければ、彼女は憲兵団に引き渡され処分を待つ身となる」
処分を待つ身ということは、死を待つという意味だろう。得体の知れない彼女は違法研究者達が作り出したものだ。元は罪のない子だと言っても、正規の実験によって作り出されたわけではない彼女を生かしておくわけには行かない。罪人だったとは言え、人殺しも行っているのだからこうして調査兵団の手中にあること自体特例である。
「俺が、か」
「あぁ。リヴァイ以外に適役はいないと判断した」
ハンジの報告書から読み取る限り、イリスの身体は内部も人間と一致しない部分がある。足の速さや身軽さから見て筋肉の使い方だって違うだろう。そんな彼女の訓練を一般兵に任せられるとは最初から思ってなかった。
立体機動はもちろん人間用に作られたものだから、もしかしたらイリスの身体には不向きかもしれない。だとすれば1年で並兵士以上だなんて無理がある。だが逆に、力を発揮できれば1年という期間でも可能だ。可能性がある以上、やらない理由はない。
「分かった、エルヴィン。引き受ける」
「決まりだ。訓練開始は1か月後だ。それまでにイリスにはここで過ごすことが出来る程度の知識を叩き込め」
イリスは人間としての知識が全く無いというわけではない。それは同年代の子供たちと比べても遜色ないだろう。だが、兵士として過ごすならばそれなりに世間のことについて知っておく必要がある。どうやって教えるべきかと悩むリヴァイは、読書に励むイリスの姿を思いだした。
「適当に本でも与えとけば勝手に覚えるだろ」
「本が好きなのか、あの子は。そういえば先ほども本を読んで調査兵団のことを知ったと言っていたな」
「だったら物覚えも悪くねぇかもな」
「なるほど。案外頭がいいのかもしれない」
ますます期待できる。ハンジの報告書を見ながら呟くエルヴィンを横目に、リヴァイは部屋から出て行った。向かう場所は書庫。役目を与えられたからには、最後までやってやろうじゃねぇか。
未来の結果なんて誰にも分からない