奪われてばかりだったから


「イリスー!いるー?」


いつも通りリヴァイから与えられた書物を読んでいる時、突然部屋になだれ込むように誰かが入ってきた。こんな派手な登場をする人物は一人しかいない。慌てて駆け寄ってみると、いつも持っている書類や実験道具なんかの代わりに布でできた何かを持っているハンジさんがそこにいた。


「えっと。それ何ですか、ハンジさん」

「見ての通り、帽子だよ!今日制服も届くからね」


帽子。なぜ?少し考えて「あぁ、そうだった」とイリスは納得したように呟いた。
ここ最近部屋に閉じこもっていて周りの目を気にすることもなかったから忘れてたけど、この耳はあまり見られていいものではなかった。


「ほら、見て!イリスにぴったりでしょ?きっと似合うよ!」


興奮している様子のハンジさんがずいずいと迫ってきて耳の形に合わせた帽子をかぶせてくる。どさくさに紛れて耳を触られたりするものだから、思わず後ずさってしまった。後ろからモブリットさんが「分隊長、イリスが怖がってます!」と頑張って止めようとしてくれてるけど、ハンジさんの勢いは止まりそうもない。


「ハンジさん、ちょっと、被りますから離れてください・・・!」


イリスの苦しそうな声が聞こえて、やっと自分がイリスを壁まで追い詰めていることに気が付いたハンジは2,3歩離れた。それを確認してからぐしゃぐしゃになった髪の毛を整えて、ずれ落ちていた帽子を手に取る。獣の耳が模られた帽子など、見たことがない。まぁ普通の帽子だと折れて困るから丁度いいのだけど。


「さ、はやく!イリス、被ってみてよ!」


なぜハンジさんはそんな活き活きとしているのだろう。ただ私が帽子を被るだけだというのに。後ろで疲れた様子のモブリットさんは昨晩寝ていないのだろうか。隈が出来ている。


「どう、ですか?」

「あぁー!やっぱりいいね、似合うよイリス!」


恐る恐る、耳をつぶさないように帽子を被って固定する。あ、すごく丁度いい。


「被り心地はどうだい?」

「はい、すごく良いです!」

「そうか。よかった」


まるで自分のことのように自分の反応に喜んでるハンジさんの後ろで、モブリットさんが安心したようにため息をついたのが見えた。一体どうしたのだろうか。そんなイリスの心境を読み取ったのか、ハンジは再びイリスに話しかけた。


「その帽子、モブリットが徹夜で作ったんだ」

「え・・・え?モブリットさんが、ですか?」

「あぁ。すごいだろ?」

「い、言わなくたっていいじゃないですか、分隊長」


すごいなんて物じゃない。けれどそれなら、この帽子がピッタリなこともうなずける。ハンジさんは私の耳の長さや大きさを知っていたはずだから。でもそれにしたってすごい。あわあわとハンジさんを止めてるモブリットさんをジッと見つめると、それに気づいたモブリットさんが照れたように笑った。


「丁度よかったみたいでよかった」

「はい。モブリットさん、お裁縫得意なんですね!」

「いや、そんなことないよ」


モブリットさんは謙遜するけど、実際これはすごいことだと思う。イリスの尊敬の眼差しに気付いて、今度は困ったように笑った。色んな笑い方をする人だ。けれど開けっ放しだった扉から入ってきた人物を見て、モブリットは笑顔を消した。


「何してやがる」

「リヴァイ、丁度よかった!イリスを見てよ、似合うだろ?」


ハンジの言葉を聞いてようやくイリスの被っている帽子に気付いたリヴァイは、何も言わずにイリスを見た。あまりにも無表情なまま見られるものだから、似合ってないのではないかと心配になってくる。


「モブリット、お前が作ったのか?」

「え、えぇ。僭越ながら」

「いいや、よく出来てる」


その言葉に少し安心した様子のモブリットさん。なぜか私までほっとした。けれど近づいてきたリヴァイに、また身を硬くする。


「ほら、制服だ」

「あ・・・、」


彼が持っているものに、今初めて気づいた。これは兵士たちが着ている制服だ。ここに来てから1ヶ月。ようやく自分も同じ服を着れるのかと思うと、自然と胸が高鳴った。


「明日からさっそく訓練を始める。厳しくいくぞ、いいな?」

「は、はい。頑張ります!」


厳しいと、彼に言われると本当に死んだ方がマシなのでは、と思うくらいの訓練を想像してしまうが、今は明日への不安よりもぽかぽかと暖まるような気持ちの方が強い。


「イリス、また何か作ってあげるよ」

「わぁ、楽しみです!」






与えられることでこんなに幸せになれるなんて知らなかった


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