「イリス、今我々調査兵団は非常に人手不足に陥っている」
「人が、足りないってこと?・・・ですか」
「そうだ。どうしてか分かるか?」
「えっと・・・分か、りません」
ハンジさんと会ってまた数日がたった。
読み書きはもう日常に支障が出ない程度にはできるようになったけれど、慣れない言葉づかいはやっぱり難しい。
エルヴィンはそんなイリスの言葉づかいなど気に止めることなく話を続ける。
初めて会った日から向けられたことのない目を向けられては少なからず緊張してしまう。
どこかに行くときはいつも着いてきてくれるリヴァイも、今はいない。
「調査兵団を志願する人間が少ない、という話は知っているか?」
「あ、この間読んだ書物に書いてあった」
「そうだ。調査兵団は唯一壁外へ赴き、巨人と直接対峙する」
「巨人・・・」
「もちろん、戦死率はかなり高い」
ゾク、と寒気がした。
巨人は知っている。ずっと前から、知ってるから。
「イリス、君には兵士の素質がありそうだ」
「・・・え?」
「ハンジの報告書を見た。大丈夫、君の正体をむやみやたらに話すことはしない」
報告書、懐かしい響きに目を伏せた。ここは、あそこの延長上なのかもしれない。成功した上での話だけど・・・。でも、忌々しいこの身体をこの人たちのために使えるのなら、悪くない。
「エルヴィンさん・・・いや、エルヴィン団長、私を調査兵団に入れてください」
本題に入る前に自ら話を切り出したイリスに、エルヴィンは微かに目を見張った。
「驚いたな。もう少し渋ると思ってたんだが・・・」
「元から、この為の命だった」
「どういう意味だ」
「私は、壁外に行ける人間を生み出す実験で作り出された」
驚くだろうと予想していたのに眉一つ動かさないエルヴィンにイリスは顔をしかめた。
もしかして、知ってた?
「先日、憲兵団から報告が入った。違法実験を行っていた組織を捕えたと」
「・・・!じゃ、じゃあ」
「残念ながら、生き残りはいない」
生き残り、というのは組織の人間の話ではなくて、実験体のことだろう。
比較的若い人間が集められたあそこには、イリスが逃げ出した時点でもまだ10人程度残っていたはずだ。
もしかして、とイリスが抱いた淡い期待は一瞬で打ち砕かれた。
「目的は、壁外にある資源だったそうだ」
「知ってます」
「君は、ちょっと人間色が濃すぎたようだね」
耳さえ隠せば、普通の人間と変わるところなんてない。
見た目はどこから見ても人間な者、とても人間には見えない者。たくさんいたけど、奴らの言う”成功作”は最後まで作り出されることはなかったらしい。
「巨人の捕食対象にならない人間を作り出そうとするとはな」
「私は失敗作だから、捕食対象に入ります。それでも、私が必要ですか?」
自嘲気味に聞いてくるイリスは半分諦めような表情を見せた。
あぁそうか、彼女は。
「猫は気まぐれなものかと思っていたが、君には随分な忠誠心があるようだな」
「・・・?」
「まだ出会って数日のリヴァイに偉く懐いてるようだが」
探るような視線に居心地の悪さを覚えながらも、しっかりと目を合わせて答える。
「別に、特別な理由は、ない。です」
「・・・ほう」
「リヴァイさんが、私にくれたものをできる限りで返したいだけです」
「結果的に死ぬことになっても、か?」
「さっきも言いました。私はこの為に作り出されたんです」
初めて会った時とは違う、怯えも何もないぎらぎらとエルヴィンを見つめるイリスの目は間違いなく獣の物で、エルヴィンは思わず冷や汗を掻いた。
死んでしまいたいのに、死にたくない。矛盾した気持ちを抑えるために、彼女は生きることを諦めない理由が欲しいのだろう。きっと何かを犠牲にしたとしても。
いや、既に何かを捨てたかもしれない。たとえば、人間の姿、だとか。
「やはり君は、兵士に相応しい」
だって一人じゃ、生きていけないから