君は変わらなくていいからと
昔から、そうだった。いつも俺の後ろを歩いて、他の奴らとなんか話そうとしなかった。兵団に志願した後もそれは変わらず、「ジャン、ジャン」だなんて可愛らしい声で俺の名前を呼びながらついて回るだけだったのに。それなのに。
「それで、今日はね、」
「そうか。ロゼッタは偉いな」
すぐ近くの机から聞こえてくる会話。楽しそうに手振り身振りを交えて、一生懸命に何かを伝えようと言葉を紡いでる声は間違いなくつい最近まで俺の名前を呼んでいた、あの声で。
「私、ライナーみたいに強くなりたいなぁ」
「はは、なれるさ。ロゼッタが頑張ればな」
ライナーの大きな手でぐしゃぐしゃにされる少し伸びた髪。それでもその優しい手つきに、ロゼッタの顔は綻ぶばかり。なんだよ、これ。
「面白くねぇ」
んだよ、今までは小鳥みたいに俺の後を着いてきてたっつうのに。俺の呟きに、隣にいたアルミンは苦笑いを浮かべながら答えた。
「ライナー達は、兄弟的な意味で触れ合ってるんだと思うよ」
「んなわけあるか、年頃の男女だぞ」
「それならそれで、いいんじゃないかな」
2人を見つめていた視線を、アルミンに向けた。いいワケあるか。だってあいつは俺の・・・。あれ、俺の、なんだっけ。
「そもそも、他の人とコミュニケーションをとれって言ったのはジャンじゃないか」
「そりゃあ、あのままじゃ心配だろ、流石に」
だけど俺は別に男と話せと言ったわけじゃない。女子にもまともな友達っつうもんがアイツにはいねぇから、とりあえず俺から離れて友達を作れとは、言ったが。だからってなんでライナーなんだ、どこで仲良くなってきやがった。他にもいるだろ、サシャとか。
「それじゃあジャンの思惑通りじゃないか。ロゼッタに、友達が出来た」
ジャン以外に、話せる男がね。器に入っていたスープを食べ終えたアルミンが、意味ありげに横目でジャンを見る。そんなアルミンから、1秒も目が離せない。コイツって、こんな奴だったっけか。
「俺が言ってんのは、なんで男かってことだよ」
「男でもいいじゃないか。だって今までロゼッタと一緒に居たジャンだって男だ」
「、俺はいいんだよ」
「それっておかしなことだね」
ゴーンと、食事終了の合図である鐘が遠くで響いた。それと同時に片づけに入る者の中に、ロゼッタが混じっているのがチラリと見えた。ライナーも、隣にいる。あぁ、なんだよもう、チクショウ。
「君だけはいいだなんて、いつから彼女は君の物になったんだい?」
「・・・は、」
「君は認めないかもしれないけど、言わせてもらうよ」
困ったように肩を竦めるアルミンを、どこかボンヤリとした気持ちで見つめた。その口から発せられる次の言葉が、なんとなく分かってしまう。いつからだったか、アイツを傍に置いておきたいと思うようになったのは。
「ジャンのほうがよっぽど、ロゼッタに依存してるよね」
それを認めたくなくて、わざと遠ざけていたというのに。いざとなると手元に戻したくなるなんて、我ながら自己中心的だと思う。
「ジャン」
そう、この声。本当はこの可愛らしい声も、振り向いたときに少しだけ恥じらうように染める頬も、はにかむ唇も。全て自分の物にしたい癖に。
「あのね、これ、今日見つけたんだ」
少し泥で汚れてしまった小さな花を、俺の前に差し出す。1本しかないから、ジャンにあげる、だなんて。あぁもう、降参だ。認めてしまったら余計、意識してしまって。
「、好きだ」
「・・・え?」
口走ってしまった言葉に慌てて訂正を入れようと言葉を探したが、目の前で今まで見た事のないような笑顔を見せるロゼッタを見てしまっては、考えることさえ放棄してしまう。
「私も、ジャンが好き」
幼馴染だからとか、そういうのじゃなくて。好きだと述べたその声は間違いなく、昔から変わらない声。昔から、俺に向けられていた声。ずっと聞いていたいだなんて思う俺はいつの間にか、幼馴染に惚れこんでいたらしい。
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