短編 | ナノ
欠け落ちた未来




「やだ、ベルトルト、嫌だ」


彼女の為だ。そう思って、別れを切り出した。僕に裏切られた時、彼女が傷つかないように。この3年間、彼女と過ごした時間だけは、僕が戦士であることを忘れていられた。でもそんなのは、ただの現実逃避。いずれ仲間を・・・彼女を裏切ることになるのには変わりはない。


「ダメだよ、ロゼッタ。僕はもう、君といられない」

「ど・・・してッ!嫌いに、なっちゃったの?」


嫌いになんてなるわけない。こんなことになるだなんて知らなかった。滅ぼすべき人類に対して、こんな感情を抱くだなんて、知らなかったんだ。誰かに笑いかけてもらうだけで満たされる感情があるだなんて。信じられなかったのに、いつの間にか僕はそれに縋り付いていたようだ。ライナーの逃避とは少し違うけれど、それでも僕にライナーを責める資格なんてないと、自覚した時に思った。


「ごめん」

「、謝るくらいなら、どうしてッ」


嗚咽混じりの小さな声に、胸が締め付けられる。小さな手でジャケットにしがみ付く彼女の目には、僕がどんな風に見えてるのだろうか。涙で揺れる綺麗な瞳はいつもと変わらないはずなのに、絶望に塗り替えられているような気がする。自惚れだろうか。いや、自惚れだったらどれだけいいことか。ただロゼッタに傷ついてほしくなくてそんなことを思ってしまうのは自分勝手なことだと分かってる。


「やだよ、行かないで、ベルトルト、」


撫でてあげたい。涙が溢れる目元を優しく拭ってあげたい。いつもの自分ならそんしてあげられたんだろう。そんな顔をさせるくらいなら、もっと早く気づくべきだったんだ。ロゼッタが傷つく前に、離れていればよかった。


「傍に居てよ・・・私、どうすればいいの」


きっと彼女には、僕よりもずっと相応しい人がいる。そう言って彼女が救われるなら、何回でも、何十回でも言える。だけど僕には、彼女が今欲している言葉が分かる。でも言えないんだ。言ってしまえば、それは彼女に酷い嘘をついてしまうことになる。ごめんね、もう傍にいてあげられない。


「本当に?・・・ねぇ、ベルトルト、本当に?」


縋り付いてくる彼女を、今すぐにでも抱きしめたい。抱きしめて、安心させてやりたい。全部嘘だと。本当は別れる気なんかないと言ってやれば、涙でぐしゃぐしゃなこの顔も、いつもの花のような笑顔に戻るんだろう。そんな僕の理想だって、叶うことなどない。ロゼッタもそれを望んでいるかもしれないけど。もし僕が巨人だと知ったなら、彼女はどんな顔をするんだろうか。今のように絶望に満ちた顔か、それとも驚きを隠せないような表情か。多分、言葉にできないような、複雑な表情になるんだろう。それでもいい。そんな顔でもいいからロゼッタのことをもっとたくさん知りたいだなんて思う僕はおかしいのかもしれない。本当ならもっともっと傍に居て、もっともっと彼女と同じ時間を過ごして、少しずつ知っていけばいいことなのに。それが叶わないのは、僕が普通じゃないから。こんなに、こんなに好きなのに。


「ロゼッタ。僕は・・・君が嫌いだ」


大嫌いだ。僕をこんな風にしてしまった君なんて。君のせいで、僕はこの世界がこんなにも好きになってしまった。君を好きになってしまったせいで、こんなにも辛い。無知なままで居たかった。君の優しさを知らなければ、僕はこうならなくて済んだのに。こんなの八つ当たりだと分かってる。


「・・・、そっか。そ、なんだ・・・。ベルトルト、ごめんね、ありがとう」


僕の言葉に、ロゼッタの喉がピクリと動いた。一瞬の静寂の後、また溢れだす涙を拭うこともせずにただただ視線を彷徨わせる彼女。僕の手をとって優しくはにかむ彼女と、今の彼女はまるで別人のようだ。僕もまた、彼女を変えてしまったのかもしれない。もう、「お互い様だね」だなんて笑いあえる関係でもないけど。これで正しいはずなんだ。それでもロゼッタはこれから、僕のことを想って泣くのだろうか。そう言えば、純粋な彼女は将来僕と一緒に暮らすんだと、一生懸命話していたっけ。でもきっと、すぐに忘れてしまう。忘れてしまえばいい。君の未来に、僕はいない。

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