どうか幸せなままで
約束は破られるためにある、とはよく言ったものだ。
規則の塊みたいなやつで、どんなささいな約束も守ってきたあいつが、こんな大きな約束を破るだなんて。
「なぁ、ロゼッタ」
ロゼッタは隣の家の娘で、一緒に、兄弟同然に育てられた。
一緒に訓練兵団に入団して、そう。いつの間にか15年も経っていた。
花が好きで、そこらへんで摘んできた花でも、渡せば明るい笑顔を見せてくれた。
もうその笑顔を見ることはできない。
それは目の前に横たわる小さな身体が物語っていた。
五体満足ではあるが、傷だらけでボロボロ。
口からも血を流していて、内臓が圧迫されたんだろうと分かった。
ロゼッタと同じ班だった男によると、巨人に掴まれ、逃げようと攻撃したとき巨人が暴れて建物に叩きつけられたのだそうだ。
痛かっただろう。もしかしたら痛さも感じないほどあっという間に死んだのかもしれない。
でもその顔はまるで眠ってるようで。
ふと胸ポケットを見ると何かが半分飛び出していた。
大切にしていたものだろう、と取り出してみるとそれは見覚えがある花で作った押し花だった。
綺麗にラミネートされてしおりになってる。
そういやロゼッタは本が好きだったな。
たしか、クチナシと言った。
何故俺はこんなことばかり。
幼馴染が目の前で息絶えてるというのに、悲しいというより、信じられない。
「ジャン、生きて」
「お前もな」
今までは当たり前だったことが、たった1日の出来事で難しいことになる。
巨人との戦いから生還するのは、簡単なことじゃない。
理解はしていたが、こんなに身近な命が散って、どうやら悲しむこともできないほど気が動転しているらしい。
冷たくなった身体を抱き上げて指定場所へと歩いていく。
同期のやつが何人かいたが、俺を見ると道を開けるように避ける。
「ジャン、・・・」
アルミンもロゼッタのことは他の誰かから聞いていたのだろう。
悲しげに瞳を揺らし、目を閉じる。
実感が湧かない。生きてるやつだってこんなにいるのに。
なぜロゼッタなんだ。
「ジャン、それは?」
アルミンが俺の手の中にあるものに気付いて問う。あぁ、忘れてた。
「ロゼッタの形見だ。大切にしてたんだろうな」
ジャンが押し花のしおりを空にかざすと、まだ明るい空の明かりが花ごと透かした。
「ロゼッタは、幸せだったんだね。ジャンと一緒にいていつも楽しそうだった」
幸せだったなんて、なぜ言い切れるのだ。
きっとロゼッタだってまだやりたいことがたくさんあったはずなのに。
「クチナシの花言葉は、」
暖かい雫が頬を伝った。
震える手がしおりを強く握る。まだロゼッタの温もりが残ってる気がして。
「ロゼッタ、ロゼッタ・・・ッなんでだよ、」
固く閉じた口からは、もうあの時のように返事が返ってくることもない。
悔しい、悔しい、守ってやれなかった。
死に際にそばにいてやることさえ、叶わなかった。
なのにお前は、幸せだったっていうのか。
俺はもっとお前を、幸せにしてやりたかった。
私は幸せ者です。
遠い記憶のあいつが、笑った。
なぜこうなった。
最初は甘甘な内容だったのに。
時間が経つにつれて暗くなって最終的にこうなりました。
夜になると内容も暗くなっちゃいますね!
初短編作品がこれです。はい。
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