04


「嘘だろ、おい」


少し遠くの方に見つけた、道端に転がっている人。遠くからでもその人が致命的な怪我をしているのは明らかで、微かに分かるシルエットには見覚えがあった。出来るならば、杞憂であって欲しいと。仲間の制止も聞かず、俺は走った。巨人の多い場所で、危ないなんてことは分かっている。だけど体が勝手に動くんだ。なぁ、嘘だろ。


「おい、なまえ。何、してんだよ」

「はは、死のうと、したんだよ」

「ふざけんなよ、何だよ、死のうとしたって」


俺の姿を捉えたなまえが、ピクリと口角を上げた。その口から漏れてくる小さな吐息は、彼女の命があと少しだと言うことを物語っていた。助けて、でもなく死にたくない、でもなく、ただ嘲笑するような笑みをこぼすなまえの真意が理解できない。理解してるのは、なまえがもう持たないということだけ。


「嬉しい。ジャン、もう、一生私のこと見てくれないと思った」

「なんで、だよ」

「だって、ジャンは私のこと嫌いじゃない」

「・・・、嫌いなんかじゃねぇよ」

「う、そだ。いつも私を嫌そうに見てた」

「違う。違うんだ」


いつも、見てた。こんな時にも、素直に言えない自分に腹が立つ。力なく微笑んでる彼女は、幼い頃の表情と酷似していた。悲しくも、柔らかい。そんな顔で笑う彼女に惹かれたんだ。二度と見ることは出来ないだろうと、思ってたのに。俺が、彼女からあの表情を消してしまったのは、俺なのに。なのに、まだそんな俺に笑いかけてくれるのか。


「すまねぇ、なまえ。謝って済むことじゃないってのは分かってる。俺のせいで、お前の人生を滅茶苦茶にしたんだ」


遠くから見守ってるあいつらは、らしくないと笑うだろうか。嗚咽混じりの涙を流す俺を、なまえはジッと見つめている。あの時俺は独りなんかじゃなかった。傍になまえがいた。新しい仲間が出来るまでの間だって、なまえはいつも傍に居た。俺がなまえと向き合ったことなど、何度あった?最初の一度だけだろう。俺のたった一言で、なまえの全てを否定した。初めてできた友達に否定されたなまえはどれだけ傷ついただろうか。今となっては、もう取り返しがつかないのだ。


「お前は、こんなに優しいんだ。友達だって、もっと出来たはずだ」


この訓練兵団の中で・・・いや、世界で俺だけだ。なまえが誰よりも優しくて、誰よりも世界を愛していた。その事を知ってるのは、俺だけだったのに。孤独だっただろう、辛かっただろう。誰にも認められず、何もしていないのに化け物だと罵られて。化け物が友達だなんて、思われたくなかった。お前は化け物なんかじゃないのに。そんな下らない理由でなまえは独りになってしまった。


「私は、どうやって生きていたらよかったんだろう」

「なまえ、」

「分からないよ。分からない。私、普通に生きていたかっただけなのに。普通の女の子みたいに、友達と遊んだり、恋したり、したかっただけなのに。どうしてなのかな、どこから間違ってたのかな」


あの時から変わらない、瞳から流れ出た雫が血と混じりあいながら地に落ちていく。なまえが責めたてているのは、恐らく自分自身だ。こんな最期になったって、彼女は俺を責めるようなことは何一つしなかった。自分が悪いのだと、涙を流した。


「私は、人間だよ、皆と同じ、人間なのにッ」

「ごめん、ごめん、なまえ、」

「ごめんなさい、私、最後まで、人を傷つけてばっかりで・・・。本当は、皆と同じように、」

「・・・、」


もう、ほとんど視力も失われているのだろう。なまえの望みを叶えることは、もう出来ない。もっと早くに気付いていればよかった。俺は、幼馴染でもない、もっと、大きなものを失った。


完成することのない、彼女の思い描いた未来