02


「なぁ、おい」


角を曲がった先にある姿を捉えて、声を掛けた。見つけた瞬間声が詰まったが、出て来た言葉は思ったよりもサッパリとしていた。その声に振り返ったなまえは驚きだとか、何とも言い難いような感情を入り混ぜたような顔をしている。


「ジャン、どうしたの?」


見上げてくるその顔は、1人でいるときとは全然違うものだった。どこか、喜んでいるような。こんなことを誰かに言えば、きっと自意識過剰だと笑われる。普段、俺はなまえと関わるようなことはないから。周りに聞けば、俺となまえの関わりは幼馴染なくらいだと、全員が口を揃えて言うだろう。だけど俺は知ってる。コイツは・・・なまえは、俺のことが好きだと。


「これ、お前んだろ」


差し出した、少しだけ湿っている教本を目の前に出してやる。するとなまえは一瞬だけ目を見開いて、悲しげに目を伏せた。普段の生活の中では見られない、なまえの表情。


「ジャンが、見つけてくれたの?」

「は?んなわけねーだろ。マルコだよ。俺がそんな面倒なことするかっての」


思ってもいないことを次から次へと。教本を受け取ったなまえの手に、次第に力が入ってるのが分かる。その証拠に、濡れてよれよれになった教本の端が曲がっていた。


「そっか。でも、届けてくれてありがとう」

「勘違いすんなよ、マルコに言われなきゃそんなことしねぇ」

「うん、うん。分かってる・・・ごめんね、ありがとう」


悲しげな表情のまま何度も頷くなまえに、胸のあたりが痛んだ。何で謝んだよ、お前は何も悪くねぇだろ。その教本だって、また誰かに嫌がらせされたんだろ。手の甲のその傷は、さっきまで付いてなかっただろ。


「・・・、どうしたの?」

「・・・は、」

「あ、ごめんなさい、」


先程よりも少しだけ近くで声が聞こえて、慌てて意識を目の前に向ける。黙って突っ立っていた俺を心配したらしいなまえがすぐ前で覗き込んでいて、思わず後ずさった。俺の身体を揺すろうとしていた手が、ゆっくりと元に戻っていく。


「ボーっとしてたみたいだから、揺すろうと思って」


分かってんだよ、そんなこと。もういい。もう、いい。


「いつまで、そこに居るんだよ」


まるで、目の前から消えろと言うような。言いたいことはそんなことじゃないんだ。だけどこれ以上なまえが目の前にいると、自分が自分じゃなくなる気がする。俺の言葉になまえは少しだけ俯いて、駆け足で宿舎に入っていった。よく見れば、足にも傷がある。知ってるんだ。あれは訓練で付いた傷じゃない。俺はアイツのことを知ってるのに、何一つしてやれない。


振り上げた言葉はどこまで突き刺さった