企画部屋 | ナノ



「あ、本屋に入っていく」

「ベルトルト、あんまり身を乗り出さないでくれるかな。目立つから」


路地から見える後ろ姿が本屋に消えたのを見送る。あぁ、何だって休日に男2人でこんなことをしてるんだろう。それもこれも、双子の愛妹がジャンとデートに行くらしいということをベルトルトに聞いてしまったせいだ。兄として尾行しない手はないだろう。付き合ってるという事実自体、兄である自分には耐えがたいことなのに。


「マ、マルコ。入らないの?」

「今僕らが入ったらどうなるか分かるだろう?」

「あ、うん。目立つね」


もう少し自分の図体を自覚してほしいものだ。190p代なんて、そうウヨウヨいるわけじゃあないんだから。いくら兵団内で空気だからって、透明人間になれるわけじゃないんだから。ここでロゼッタに尾行したのがバレてみろ。絶交ものだ。そうなったら僕はどうすればいい。


「ん・・・出て来た」

「出て来たね。・・・あれ・・・今・・・」

「ジャン・・・気づいたか?」


バチリ。一瞬だったけれど、確かに目が合った。適当にこちらに流した視線ではない。明らかにこちらを意識した視線。けれどその視線はフイとすぐに逸らされて、隣を歩くロゼッタに戻された。ん?ロゼッタが持ってるあの本は・・・あ、ジャンが持ち上げた。・・・ん?何だと、ジャンの奴・・・!お互いの指と指が絡まりながらしっかりと握られている。恋人握りというやつだ。僕だってしたことないのに。


「ジャンの掌が汗だらけになってしまえばいいのに。それでロゼッタに手を払われて、ハンカチで拭われるんだ。きっとジャンは3日間は寝込むよね」

「僕の妹はそんなことしないよ」

「あ、うん。そうだよね、ごめん」


アイデアとしてはナイスだと思う。けれど現実は僕たちに優しくない。何故ならロゼッタは僕らの考えのようには行動しない。きっとジャンの手汗が酷かろうが、それを知らぬフリをするはずだ。もしくはジャンのほうがそれを気にするかもしれないな。そうしたらきっとロゼッタは優しくハンカチを差し出すんだろう。よく出来た子だろう。我が妹ながらよく出来る子だ。少し前までの触れあいを思い出しながら感傷に浸っていると、ベルトルトがいきなり立ち止まった。


「どうしたんだよ、ベルトルト・・・って・・・」


きっと今の僕は最高に間抜けな顔をしてると思う。ベルトルトも多分、同じような顔だ。先程までの恋人つなぎが、ランクアップ。ロゼッタは控えめながらもしっかりとジャンの腕に寄り添っている。恋人同士の力を見た気がする。何だろう、頭がくらくらしてきたな。こっちの気も知らずに談笑している2人の様子をジッと見つめる。楽しそうにジャンを見上げるロゼッタ。あれ、何だかすごく幸せそう。昔から優しい子だったけれど、僕に向ける視線とは少し違う。


「ロゼッタ・・・楽しそうだね」

「うん、そうだね」


2人の様子を眺めている内に意気消沈してしまったらしいベルトルトが、ガックリと肩を落とした。大体、僕たちは何のために2人を尾行しているんだ。ジャンが変なことをしないよう、だとかロゼッタが危ない目に合わないよう、だとか。色々理由はあるけれど、あんなロゼッタの顔を見てしまってはその行動さえ意味がないものに思えてきた。僕たちがいくら抗議しようと、ロゼッタの選んだ男はジャンなのだ。別に僕だってジャンに異議があるわけじゃあない。だって、ジャンは自分の友人でもあるし、ロゼッタのことを不器用ながらも想ってるのは誰から見ても明らかだろう。さりげなく彼女を守る仕草に、僕だって気づいていないわけじゃない。ベルトルトも、多分同じだ。


「これがロゼッタの幸せなら、僕らは引くしかないね」

「・・・、マルコはそれでいいの?」

「僕はあくまで兄だからね。ベルトルトも、本当にロゼッタが好きなら・・・」

「うん。僕も、分かってるよ」


もし無理やりロゼッタを引っ張ったりなんかして、ロゼッタが悲しむというのなら、それは絶対にすべきことじゃない。兄である僕も、ベルトルトも。もちろん、ジャンが泣かせたら僕はジャンを許せないだろうけど。だけどロゼッタの幸せを守るのは、僕の役目だ。


「今回は引こう。大丈夫だろ、ジャンなら」

「そう、だね」


本屋の影から静かに2人を見る。未だに絡まっている腕は、しばらく離れそうにない。それは2人の絆を表している気がして。兄妹の絆とは違う、特別な絆。それを見せつけられちゃあ、僕だって引くしかないじゃないか。大人しく帰ろうと振り返ったと同時に視界に映りこんだ大きな影。言わずもがなベルトルトだというのは分かるけれど、その顔はまるで化け物を見たかのように見開かれている。


「どうしたの?」

「あ、あれ・・・」


振ベルトルトの視線の先は街の通りの丁度中央、少しだけ開けている広場。先程まで絡まっていた2人の腕は離れていて、代わりに近づいていく2人の顔。おい、やめろ。こんな街中で。呆然とするベルトルトと、僕。こんなことってあるだろうか。しばらく佇んだ後、思い切りベルトルトの脛を蹴った。やっぱり、ムカつく。そのベルトルトの小さな悲鳴に気が付いたロゼッタに説教されたのは言うまでもない。




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