無防備にぐっすりと眠るロゼッタの目元を拭う。怖い夢でも見たのだろうか、はたまた悲しい夢か。ポツリポツリと流れる涙が指に付着した。冷たい。もう一度目元を撫でると、彼女の瞼が開いて紫色の瞳が光を映した。
「・・・ん、」
「わりぃな、起きたか」
「んーん。ごめん、いつの間にか眠っちゃった」
泊りに来といて、夜中までゲームした上に早起きしてんだ。そりゃあ、眠くなるだろうな。自分でも目元に残った涙が気になるのだろうか。グシグシと先ほどから擦っている。そんなことをしたら目が腫れるだろ。
「なんかね、怖い夢見ちゃった」
「泣くほど怖いってのか」
「うん。大きな・・・人型の生物がね、私たちを食べるんだよ」
大きな人型生物?なんだそりゃ。それも人を食うなんて。夢は本人が一度体験したことを元に作られると聞いたことがあるが・・・。
「そりゃあお前・・・ゲームのしすぎだ」
「えーそうかなぁ。でもそんな敵とか見たことないよ」
「影の薄い敵だったんだろ」
でないと、そんな生物に会う機会だなんてあるものか。いや、あってたまるか。人食い巨人だなんて、俺らにゃ手も足も出せねぇじゃねーか。反則すぎる。いや、軍隊なら最新の武器もあるし、もしくは。
「それでね、武装した人たちが巨人に立ち向かっていくんだ。刃を両手に持って、思い切り項をそぎ落とすの」
設定や光景が妙にリアルだな。こりゃ、ゲーム確定だろう。昔からゲーム好きなコイツのことだ。そういうキャラクターがいたっておかしくはない。この現実世界にいたらたまったもんじゃねぇが。
「その真ん中に女の子が一人でいてね、巨人が近づいてくるの。すごく危なくて・・・」
この勢いで妄想癖になってしまったらどうしてくれる。恋人が妄想癖だったらどれだけ疲れることか。ゲームが好きじゃない俺にとっちゃ、それに付き合うことすら疲労の対象でしかないのに。だけどなんだろうな。へんてこな話を聞くことも、ゲームを付き合うことも、ロゼッタが喜んでくれると思うと不思議と苦痛には感じなかった。ロゼッタが幸せそうに何かをしている所を見るのは、嫌いじゃない。
「それでね、その子死んじゃうのよ。好きな人の名前を呼びながら」
紫色を宿す双眼から透明な雫がこぼれ落ちた。あー、忘れてた。ロゼッタはかなり感情起伏の激しい奴だった。ゲームでもなんでも、キャラクターに感情移入しすぎてすぐ泣く。笑う。怒る。まぁ、そんなとこも好きなんだけどな。でも目の前で泣かれちゃ敵わない。
「あー、ほら泣くなって。別にお前のことじゃねぇんだから」
「だって、だって、」
すぐ泣くのも知ってるし、こうして抱きしめて背中を擦ってやれば泣き止むのも知ってる。嗚咽に合わせて動いていた肩が段々と落ち着く。あーあ、こんなことしてたら俺まで眠くなっちまった。昨日もずっと夜中までロゼッタに付き合ってたせいだな。
「おい、もう1回寝るぞ」
「なぁに、ジャンも眠いの?」
「うるっせぇ。ロゼッタのせいだ」
クスクスと笑い始めたロゼッタをぎゅうっと強く抱きしめる。きっと苦しいくらいなのに、ロゼッタは笑顔を崩さない。それどころか、さっきよりももっと幸せそうな顔をしてる。もう限界だ。そのままロゼッタの肩口に顔を埋めると、なんだか花のような香りがした。そういえばロゼッタの家の庭は花だらけだったな。昔から、花が好きで・・・。昔って、いつのことだったっけか。
「ジャン、幸せにしてくれてありがとう」
微睡みの中で聞こえた声は現実か、夢か。
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