企画部屋 | ナノ



心臓がバクバク跳ねて今にも飛び出してしまいそう。私は今日のような日の為に今まで訓練をこなしてきた。震える足を踏ん張って、友人を食い千切っている巨人に目を向ける。もう周りに人はいない。皆、食われてしまった。震える歯がカチカチと鳴る音が脳に響いた。今手元にある獲物に夢中な巨人は、こちらに気付いているのかいないのか。どちらにせよ、今やらなければ死んでしまう。1人で巨人を倒せるかなんて分からない。自信はない。だけどこうして突っ立ってたらどっちにしたって死ぬだけだ。何故だか、逃げるという選択肢は浮かばなかった。こんな状況に立たされておかしくなってるのか、はたまた友人が食われた怒りからか。


「・・・、今、だ!」


タイミングを見計らって飛びあがり巨人の項をそぎ落とした。だけど感じるはずの手ごたえは全然なくて、急いで振り返ってみれば浅く削がれた巨人の項が目についた。すぐに再生され始める項に舌打ちをして民家の屋根の上に乗る。もう一度、もう一度だ。未だに友人の足を咀嚼している巨人に向けてアンカーを放とうとしたその時だった。グラリ、揺れる視界。


「あ、・・・ッ」


いくつもアンカーを打たれて脆くなっていた建物の端が、ロゼッタの動きに反応して崩れてしまった。幸い、瓦礫の下敷きにはならずに済んだようだ。ふと、じくじくと痛みだした足に目を向ける。赤くはれ上がった足首は、先ほど落ちた時にくじいてしまったのか。いや、折れているかもしれない。あまりの痛みに汗が噴き出る。だけど、いつまでもこうしてはいられない。巨人が私に気付いてしまう前に・・・。


「なん・・・で・・・」


何とか立ち上がろうと周りを見渡した時、落ちてきた影。どうして、どうしてこうなるの。確かにこちらへと視線を向けている巨人に、一瞬足の痛みさえ麻痺してしまったように思った。死ぬ。直感的にそう感じて、動かない足をぎゅっと握った。逃げることさえ出来ずに死ぬのか。いや、逃げ回った挙句死ぬよりも立派かもしれない。だって私は戦ったじゃないか。頭の中で巡る自問自答はまるで自分自身は悪くないと暗示しているようで。実際、悪いことなんてしてない。私は兵団の規則に反したわけでもない。なのに喉につっかえる気持ち悪い塊が、ただただ私の中を支配していく。

昔からずっと知ってる人。昔からずっと好きだった人。あの人に、一言好きだと言えたなら。無理なんだって、分かってるけど。あの人を追いかけて来たこの兵団の中で、あの人は他の女の子を好きになってしまった。言えずにいたこの気持ちは、ずっとしまっておこうと思ったのに。こんなに後悔するなら、ちゃんと言えばよかったな。意地なんか張らずに。あぁ、不思議だな、さっきまであんなに怖かったのに。あの人の幸せな未来を想ったら、何故だかその恐怖がやわらいでくるようで。


「おい、」

「ひッ、」


だから、ぐらりと目の前で揺らいだ巨人の影が倒れていくのにも気づかなかった。目の前にいる人にだって気づかないくらいで。強く掴まれた肩にビクリと反応を示せば、目の前の人は、幾分安心したような表情を見せた。


「お前、こんなとこで座り込んで何やってんだよ!死ぬ気か!?」

「あ、の、ジャン・・・?」

「お前の班を見ないって、他の連中が言ってたんだ。もしやと思って見に来てみれば案の定・・・」


どうして?上手く回らない舌のせいで言葉が上手く継げなかった。それでもあの人・・・
ジャンは、私の言いたいことが分かったようで。少し怒ったように皺が寄せられたその表情は、私の足を見たと同時に他の意味合いを持つ表情に変わった。


「お前足、怪我したのか」

「ちょっと、ドジしちゃって」


少し考え込んだ後に辺りを見回したジャンは、私の目の前で、背中を向けてしゃがみ込んだ。それは背中に乗れと言う合図だろう。遠い昔に、同じような状況になったことがある。あの時は到底命が無くなる心配などしていなかったけれど。だけどその時よりも大きくなったその背中が、何故だか遠ざかってしまう気がして、急いで飛び乗ったらジャンが少し驚いた声をあげた。ごめんね、重くて。小さい声でそう言えば、「んなことねぇよ」だなんてぶっきらぼうに返ってくる返事。戦場に似つかわしくないその会話は私たちの日常を表しているようだ。これからどれくらい、こんなやりとりを出来るか分からない。それでもあなたが私に手を差し伸べてくれるうちは、隣にいたっていいよね。友人だった物に背に向けた。いつか私が死骸になっても、あなたには前を向いて歩いてほしいと願いながら。




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