ケホケホと、力なく咳をすると彼が心配そうな顔で覗き込んできた。風邪ごときで、情けないけど本当に辛いのだ。
「大丈夫・・・じゃない、よね」
「ごめんね、ベルトルト、ただの風邪なのに」
無理しないで、気にしてないから。そんな彼は朝に体調を崩して医務室に籠っていた私の元に、休憩時間の度に現れた。彼が体調を崩していた時、私はそこまで細かく彼の元に行ったりはしなかった。そういう所も、とてもマメな人だなぁ、とぼんやりと思う。
「多分、昨日の兵站行進のせいだね。雨が降っていたから」
「・・・、情けないよね、そのくらいで風邪引いちゃうなんて」
元々身体が強い方ではない私は、少しのことで体調を崩してしまうことが多い。その度に私の看病をしてくれる彼につい甘えてしまうのは、風邪のせいにしてもいいのだろうか。
「大丈夫だよ、ロゼッタ。何度倒れたって、僕が看病してあげるから」
寡黙ではないけれど、お喋りなわけでもない彼が掛けてくれる優しい言葉は、精神的に弱ってるせいもあってか、とても身体に染みた。やっぱり私は、彼が好きでたまらない。その気持ちは、風邪でなくても一緒だけど。
「ベルトルトが優しくしてくれるから、風邪も悪くないかもなぁ」
「ダメだよそんなこと言っちゃ。僕は、元気なロゼッタが見たいんだから」
ほら、薬だよ。と手慣れた手つきで私の上体を起こして水を飲ませる。この動作を、今までに何度やってきたか分からないけど、最初は倒れた私にアタフタと狼狽していた彼が慣れてしまうくらいだから、それなりの数だったのだろう。
「これで、大丈夫かな。熱も大分下がってきたね」
「、んー」
ベルトルトの冷たくて、大きな手が額を優しく撫でる。普段よりも熱くなっている身体にはそれがとても心地よくて。
「そろそろ、消灯時間だから戻らなきゃ」
「・・・、」
時間をチラリと確認した彼は、言いにくそうに切り出した。ゆっくりと傍の椅子から腰を上げる彼の服の裾を、慌てて掴んだ。自分でもどうしたかったのか、分からない。けれど、彼がどこかに行ってしまうと思うとどうしようもなく寂しくなって。
「ロゼッタ・・・?どうしたの、どこか痛いの?」
「ううん、違うの、あの、・・・あのね」
力なく彼の服を握っていた腕を、ベルトルトの大きな手が掴んだ。ハッキリと分かるその感覚に少しだけ震えて、同じ高さに視線を合わせたベルトルトの目をしっかりと見つめた。こんな我儘、言ったらダメだって分かってる。だけど今夜だけ、今夜だけでいい。
「お願い、一人にしないで」
小さな声に、ベルトルトは大きく反応した。優しく私を見てくれていた目を一瞬だけ大きく見開いて、少し考えた後に小さく頷いた。
「うん、わかった。傍に居るから、もう寝なよ」
今度は額から後頭部にかけて優しく撫でてくれる手がなんだかくすぐったいような、けれど心地いいような。先ほどよりも少しだけ温かくなった彼の手をそっと掴んで、頬に寄せた。されるがままの彼が、微笑んだ気がした。
「おやすみ、ベルトルト」
「おやすみ、ロゼッタ。いい夢を」
すっかり温まった彼の手を握りしめたまま寝たら、きっと彼はどうしたらいいのか分からなくなって困っちゃうだろうな、なんて想像をしていたら、薬が効いてきたのか自然に意識はおちてしまった。
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