「なぁ、ロゼッタ、悪かったって」
「・・・」
「あの子はただ、この間の座学の内容を聞きにきただけなんだよ」
明らかに機嫌を損ねている彼女は、先ほどから一言も喋ろうとせず、目も合わせてくれない。不機嫌の理由は昨日体調を崩して座学も受けられなかったという子に休憩時間付きっきりで内容を教えてあげていたせいだろう。ノートを貸すだけでいいのだろうが、困ってる子を放っておくわけにはいかなくて。結果、ロゼッタを放ったらかしにしてしまったのだが。
「・・・アルミンに頼めばいいのに」
「彼女は僕に聞いてきたんだから、僕が教えるしかないだろ」
「だけど、だけど・・・私の方が先に一緒にいたのに」
「ロゼッタとはいつも一緒にいるだろ」
そう言い返してみれば彼女は目を鋭くさせて何かを言おうとこちらを睨んだけれど、その口からは声が発せられることはなかった。鋭い目も次第に元に戻っていって、机に視線を戻した。
「だけど、別に、2人きりにならなくたって、いいじゃない」
微かに震えた声を出したロゼッタに、ハッとした。先ほど、座学を教えるからと食堂に2人きりでいた時のことを言っているのだろう、彼女は。別にロゼッタを引き離す必要はなかったのに、あの女の子が集中できないかもしれないと考慮して、ロゼッタを先に行くように促したのは僕だ。そりゃあ、恋人が自分と違う女の子と2人きりにしてほしいだなんて言ったら、不安になるに決まっている。
「私がいちゃ、ダメな話でもしてたの?」
「、そんなわけ、ないだろ」
やってしまった。僕を責めるような、悲しそうな瞳からこぼれた雫に、一瞬言葉が出なかった。彼女が泣くことは珍しくないけど、今回はワケが違う。僕が、泣かせてしまったのだ。
「私、だから、怖くて、」
「ロゼッタ、悪かった。俺が愛してるのはロゼッタだけだから、泣かないで」
「ほ、ッほんと、に?」
「本当だよ」
ポロポロと止まらない涙を優しく指で拭いながら目線を合わせてやると、ロゼッタは勢いよく抱き着いてきた。シャツの胸辺りが彼女の涙で濡れていくのが分かるけど、それさえも愛おしい。小柄な彼女を抱きかかえて膝の上に乗せてやると、耳元で小さな嗚咽が聞こえた。
「仕方ないことだって、分かってる。分かってるんだよ」
「うん」
「だけど、嫌なの」
「うん、ごめんね、もう大丈夫だから」
「マルコ、マルコ」
「うん?」
小さな声で自分の名を呼ぶロゼッタに耳を傾けてみるけど、肩に頭を乗せているロゼッタは何も言おうとしない。そればかりか、彼女の口からは静かな寝息が漏れ始めていた。
「あら、ロゼッタ・・・疲れちゃったのかしら?」
「はは、そうみたいだ」
部屋に戻ってこないロゼッタを心配して探しに来たらしいクリスタは、僕の腕の中で眠っているロゼッタに困惑した。
「起きたら僕が部屋に連れて行くから、大丈夫だよ」
「あ、うん。分かった。よろしくね、マルコ」
ロゼッタを起こさないように静かに部屋を後にするクリスタを見届けて、再度視線をロゼッタにやった。目元が赤くなっていて、何とも言えない罪悪感が募る。けれどこうすることで彼女が安心するのだったら、僕は何時間だって彼女の傍に居よう。
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