「おーい、おーい、ジャーン」
返事はない。ロゼッタは目の前でぐっすりと夢を見ている様子のジャンを前に、ニヤリと口角を上げた。ロゼッタとジャンの秘密の場所であるこの宿舎の裏の一角には、人も通らない。これは、日頃からかわれてる恨みを晴らすチャンスだろう。いつも持ち歩いているインクとペンを取り出して、木の根元で寝ているジャンの顔をまじまじと見る。
「本当に、寝てるよね?」
再度確かめるように問いかけてみても、ジャンの口はただ寝息をこぼすだけだ。それにしても、いつもは鋭くて目つきも悪いくせに、どうしてこう・・・寝ている時はこんなに整っているのだろうか。いや、別に起きてるときも十分カッコいいんだけど。あぁもう、ダメだ。こんな寝顔に騙されては。
「やっぱり悪戯といったら、これだよね」
改めてペンを持ち直して、ジャンを起こさないようにそっと跨った。相変わらず気持ちよさそうに眠っている顔は幸せそうだ。くそう、私と居るときはそんな幸せそうな顔しないくせに。起きた時に、ギャフンと言わすような落書きをしてやろう。
「・・・、んー」
「ッ、」
順調にジャンの顔に筆を走らせていると、寝言だろうか。ジャンが突然小さな声を発した。慌ててジャンの顔から距離をとったけれど、幸い起きてはいないようだ。危ない、危ない。まだ落書きするべき箇所は残っている。ロゼッタがもう1度顔にペン先を置いた、その時。
「んー、ロゼッタ、」
「は、ちょ、ジャ、ン、?」
落書きをするために顔ごと近づけていたせいで、寝返りを打ったジャンの腕に首が巻き込まれた。そのままジャンと向い合せになる形で地面に倒されたロゼッタは動揺のあまり、ペンを手から放してしまった。
「ロゼッタ、」
「ちょっと、ジャン、起きてるの?離してよ、」
身体ごとホールドされて抱き枕状態なロゼッタは制限されてる身動きの中で、なんとかジャンを起こそうと腕を一生懸命に動かしてみるけれど、一向に起きもしないジャンに、やがてそれも諦めた。それどころか、冷静になればなるほど、ロゼッタ自慢の落書きが施されたジャンの顔が笑えてくる。これは、起きたらこっぴどく怒られるなぁ、なんて思いながら苦笑いをしてみるけど、これはジャンが悪いのだ。いつも私と言う恋人を馬鹿にするのだから。そりゃ、ジャンよりも頭は良くないかもしれないけど。
それにしても、そんな日頃の仕返しを試みた結果、結局私がこんな目に合うのだ。このままジャンが起きるか、また寝返りを打って解放されるまでこのままなのだろうか。酷い罰ゲームのようだ。いつものジャンの顔ならばともかく、今のジャンの顔はとても・・・芸術的だから。しかしこれも、ロゼッタの悪戯が生んだのだから自業自得なのだが。
鼻先に届くジャンの寝息と、たまに動く腕に一々反応してしまう。いつ起きるのか、だとか人が来るかもしれない、だとか。本当に、気が気じゃない。こんな所誰かに見つかってしまえば、からかわれるのなんて目に見えてる。
「ねー、ジャンってばー、起きてよ」
そんなことになるくらいだったら、まだジャンからお叱りの言葉だけを受け取るだけの方がよっぽどマシだ。早く起きてくれ、と声を掛けてみるけれど、当の本人は爆睡中。まぁこの心地よい日差しの中だから、日向ぼっこしたくなる気持ちはよく分かる。だけど。
「せっかく午後は訓練ないんだから、構ってくれたっていいじゃないのよー」
そんなロゼッタの思っていることなど知らず、ジャンは相変わらずすやすやと眠っている。そんなジャンを意地でも起こしたくて、目の前のジャンの鼻先に軽くキスをしてみる。首を伸ばして瞼にキスしても、頬にキスしても、・・・唇を重ねてみても、ジャンは眠ったままだった。あぁ、もう降参です。そろそろ私も、日差しの中で横になっているという状況に、勝てそうにありません。
「愛してる」
微睡みの中で聞こえた君の声は、夢か現か。
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