企画部屋 | ナノ



薄暗い、本だらけの書庫を突き進んでいけば、そこには入口からは死角になっている場所がある。いつものように誰もいないその場所に静かに座って、積み重なっている本の下に隠しておいた分厚い本を取り出す。教官にも1度も見つかったことのないこの場所は、ロゼッタのお気に入りだ。嬉々として栞代わりにしていたメモ紙が挟んであるページを開いて、『海』という言葉を探して目を走らせる。


「塩水・・・?」


信じられないことばかりが書いてあるこの本は、本来ならば所持してはいけない、つまり禁書だ。それゆえに、家から持ってきたこの本を堂々と部屋で読むことは出来ない。そんな時に見つけたのが、ここなんだけど。さぁ今日はどの項目を見ようかな。氷の大地なんて、どうだろう。


「・・・、」


気になる項目のページを捲ろうとした時、ふと書庫のすぐ傍から静かな足音が聞こえた。

これはまずい。消灯時間はすでに過ぎていたはずだから、恐らく教官の誰かだろう。あぁもう、今まで一度もバレたことなんてなかったのに。辺りをキョロキョロと見渡してみるけれど、今いる場所が書庫の最奥なのでもうこれ以上隠れることの出来る場所などない。どうしようかとアタフタしている内に、足音は段々と大きくなっていって、ついに書庫の扉が開く鈍い音が小さな部屋に響いた。


「ロゼッタ、いる?」

「・・・その声、アルミン?」


もう駄目だと、ギュッと本を抱きしめて小さくなっていたら、聞きなれた声が耳に届いた。それは想像していた教官の声なんかではなくて、ドクドクと激しく動いていた心臓が幾分穏やかになった。


「やっぱり、ここにいたんだ」

「な、んで、分かったの?」


それでも驚いたことには変わりない。たまたまここに来たのならともかく、真面目な彼が消灯時間過ぎに部屋を出るなんて。それに、彼は私がここにいることを知っていたような口ぶりだった。


「ロゼッタが書庫に入っていくの、よく見るんだ」


あ、安心して、誰にも言ってないから。ニコリと笑って言う彼に少しだけ安堵した。彼以外にも知っている人がいたら、もうこの本を読める場所なんてきっとないから。


「そうなの、よかった」

「うん。ところでロゼッタ、それ、何?」


アルミンの視線を辿ってみると、その視線の先は明らかに私の抱きしめている本に向かっている。焦っていて本を隠すのを忘れてた。


「や、これは、何でもないの!」

「そういえばロゼッタって本好きだったよね、どんな本が好きなのか教えてよ!」


不意に重ねられた手にドキッと心臓が跳ねあがった。アルミンはただ本のタイトルを見たいだけなのだろうけど、それでも私はしっかりと彼の温かい手に反応してしまって。


「ッあ、」

「・・・これって」


つい離してしまって手から本が重力に従って落ちた。やってしまった。あぁ、これじゃ罰則所の話じゃあない。


「あの、アルミ、ン・・・?」


恐るおそる彼の反応を見たロゼッタの瞳に映ったのは、今まで見たこともないような、アルミンのきらきらとした表情だった。彼にはこの本が可愛い動物の絵でも載ってる本に見えたのだろうか。だって、これは。


「ロゼッタ、ロゼッタも外の世界に興味があるの?」

「う、うん・・・。え、私も?」

「この本、僕のお爺ちゃんも持ってたんだ。僕も、エレン達と見た事あるんだよ!」

「え、アルミンも?」


突然まくし立てるように話始めたアルミンの勢いに押されて、思わず座ったまま後ずさりをする。そんなこと彼は知ったこっちゃないと言うように、空いたスペースに腰を下ろした。近い・・・。


「うん。そっか、ロゼッタも外の世界のこと知りたかったんだね」

「すごく、興味深いことばかりだから」


興奮したようにすぐ隣で話しかけてくるアルミンを直視できなくて、目を泳がせながらも答える。エレンが調査兵団に対して何やら特別な感情を持っているのは知っていたけれど、アルミンが外の世界に興味を持っていたなんて知らなかった。なんだか、ちょっと嬉しいな。


「じゃあ、氷の大地って知ってる?」

「そこ、今から読むところだったの」

「それなら、僕も一緒に読んでいい?」


そんな目で見られたら、断れるわけないじゃないか。まぁ、断る理由などないのだけど。頷いてから膝の上で本を広げると、自然と彼との距離が縮まって動悸が速くなるのを感じた。同じ興味を持つ者がいたのが余程嬉しかったのか、嬉しそうに話す彼に耳を傾ける。高くも低くもない彼の声は、聴いていてとても心地がいい。


「それ、から・・・、」

「・・・、アルミン?」


突然途切れた彼の声と肩に感じた重みに、慌ててどうしたのだろうと目を向けた。それと同時に頬をくすぐった柔らかい金髪が視界に入ってきて、あぁ、彼は寝てしまったのか。だなんて冷静に理解した。いや、通常通りの私ならばきっと慌てて、どうしていいか分からずにいたのだろう。ただ、今は隣にいる彼の温かさが伝わるのもあってか、眠気が私を優しく誘っているだけで。

肩に乗っかっている彼の頭にそっと寄ったとき、彼の肩が揺れたのは気のせいだろうか。




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