確かにあった幸せよ



「ロゼッタ!」

「・・・」

「おい、ロゼッタ!」

「・・・」

「ロゼッタ、教官が来るぞ」

「あ!え、どこ?」


教官が来る、と聞こえて慌てて周りを見渡した。けど、どう見ても周りには同期の訓練兵しかいない。


「ちょっと、ユミル。脅かさないでよ」

「お前が反応しないからだろ。何ボーっとしてんだよ」

「・・・だって」


ジャンは今頃どこにいるだろうか。確かそんなに遠くないところで作業しているはずだが見当たらない。・・・ダメだ。今は作業中なのだから集中しなければ。クリスタの横にある工具を取ろうと足を踏み出すとレールに足を取られて勢いよくつっこけた。


「い、たい」

「ちょっとロゼッタ、大丈夫?怪我は?」


こんなにベタなこけ方をするのは何年振りだろう。駆け寄ってきたクリスタが手を差し伸べてくれたので、遠慮なく手を取る。そんなクリスタの後ろでユミルがため息をつく音が聞こえた。これは、自分でも呆れる。


「お前、私やクリスタの足引っ張るなよ。お前のせいで昼食抜きになったりしたらシャレになんねぇからな」

「ちょっとユミル!そんな言い方ないじゃない」

「・・・精進します」


あぁ、ユミルもクリスタも相変わらずだな。別に私は何をしたわけではないのに、なぜかユミルに頭が上がらない。最初にクリスタと仲良くなったのは私なのに・・・。


「にしても、いつもウザいくらい真面目なお前がこんな上の空なんて、今日は空から長靴でも降ってくるんじゃないか?」

「それ、冗談?ユミルにしては面白くないね」

「・・・もしかして、お前」


周りの同期達の目を盗んで辺りを見回したのを不意打ちで振り返ったユミルにバッチリ見られた。


ニヤリと上がる彼女の口角。あ、これ楽しんでる顔だ。



「ジャンと喧嘩でもしたのか?」

「ッ!」

「なんだ。図星か」


カマをかけたのか?いい加減自分の反応の分かりやすさに嫌気が差す。誤魔化すようにユミルが左手に持っていた工具を勢いよく奪う。


「別に、ユミルには関係ないでしょ」

「まぁそうだけどな。けど面白そうだからちょっと話聞かせろよ」

「ユミルが面白がるようなことはないってば」

「分かんねぇだろ?バカップルの喧嘩には興味がある」

「バカップルって、」

「2人ともッ!」


クリスタの慌てたような叫びを聞いて反射的に振り向いた。


「・・・・え、」


激しい爆音、それと共に目に映ったのは


「嘘、あれって超大型巨人・・・?」

「やべぇぞ、こんなタイミングで・・・」

「・・・、驚いてる暇はないみたい。早く本部に急がなきゃ」


クリスタの一言で周りの者も動き出す。


「なんで、こんな時に」

「超大型巨人の考えることなんて分からねぇから考えても仕方ない」



確かに壁が突破された今、考えることよりも、今はとにかく行動せねば。分かってはいるが状況を理解すればするほど動悸が激しくなって苦しい。


「、ッ」

「ロゼッタ、人を捜してる暇はねぇぞ」

「う、うん」

「壁が突破されたみてぇだ。そんなんじゃ死んじまうぞ」

「分かってるってば!」


ユミルの叱責を払うようにガスをふかして前に出る。


「お前の持ち場は?」

「補給班だよ」

「そうか。じゃあここでお別れだな」

「ロゼッタ、気を付けて」

「2人こそね」


本部に到着してから真っ先にジャンを捜す。縁起は悪いがもしかしたらもう会えないかもしれないのだ。

せめて、せめて一言、死なないでと言えたら。


人がごった返している本部内を駆け回る。ふと、柱の陰に見えた人影――ハンナとフランツだこの2人はロゼッタとジャンより少し早く関係を持っていた。


「大丈夫だよ、ハンナ」


フランツの声が微かに聞こえた。この2人、ほんとにお互いのことを想ってるんだな。


「・・・・あ、」


――私の命は、巨人の物でもジャンの物でもない


「はは、ダメだ」


くらり、眩暈がする。

ジャンの心配を無下にした私にジャンを心配する権利などあるものか。死なないで欲しいと言う恋人の願いを切り捨てたのは私自身じゃないか。


「お前は補給班の者だな?」

「そうです」

「直ちに位置につけ」

「ハッ」



切り捨てたのは私のはずなのにどうしてこんなに後悔する

じわり、滲んだ視界をごまかすように荒く拭う


随分前のことのように感じる。私の子供じみた独占欲が染みついたお守りを、彼はまだ持っててくれてるだろうか。



欲張りかもしれないけど、どうか、彼の幸せな未来を祈らせて。



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