掴みとれないもの


連れてこられたのは宿舎の裏で、普段ならば人が来ない場所だ。腕を解放されたので階段に座ると、ジャンは手すりに背を預けて空を見た。こんな風に話したりしなくてもロゼッタは十分幸せだったのだが、もうすぐそれさえ叶わなくなるのか。

感傷に浸るロゼッタにジャンは「なぁ」と声をかけた。

その声に反応してロゼッタがジャンに目を向けると、フイッと顔を逸らされた。今日のジャンはなんだか変だ。


「何?」

「・・・さっきのこと、怒ってんのか」

「さっきのことって?」

「ほら、あれだ」


本当は分かってるけど、わざと聞いてみる。バツが悪そうに説明をするジャンは言い訳を考えてる子供のようだ。


「あはは、怒ってないよ。ジャンの言うことも間違ってない」

「でも・・・お前、調査兵団に行くんだろ」

「うん。行くよ。これは決めてたことだもん」


言い切るロゼッタにジャンは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「やっぱり、やめとけよ調査兵団なんて」


ジャンのその一言にロゼッタは何か奥からせり上がる物を感じた。この質問は1年間のうちに何度かされたことはあるが、直接的に行くなと反対されたのは初めてだった。もちろんジャンはロゼッタを心配して言ってるのだが、ロゼッタはそんなことに気付かないくらい頭に血が上ってしまって。


「なんで、そんなこと言うの」

「なんでって、そりゃ、壁外なんていつ死ぬかわかんねーんだぞ!」

「今の時代、いつローゼの壁が突破されるか分からない。駐屯兵団だって場所によっては安全とは言い切れないじゃない」

「ッ、だから」


ジャンの方を見ずに淡々と答えるロゼッタの肩を掴んでこちらを向かせた。予想通りその顔はジャンのことをキッと睨んでいる。


「だから、俺と一緒に住まないか、内地で」

「・・・へ、」


目を丸くしたロゼッタの顔をジャンが真剣な顔で見つめてくるものだから、その視線に耐えきれず思わず目を逸らす。いつか言われるだろうと思ってはいたけど。まさか、調査兵団に入りもせずに内地に行って一緒に暮らそうというのか、ジャンは。


「なにそれ、私のこの3年間も無駄にしろって言うの?」

「そういう意味じゃねぇって」

「そういう意味にしか聞こえない!ジャンは最初から、私が何をするために訓練兵に志願したか、知ってるでしょ!」

「あぁ、知ってるよ!でも俺は、お前のその死に急いだ願望より、お前の方が大事だ!」

「ッ、バカにしてるの?」

「・・・誰がそんなこと言った」


ダメだ、抑えないと。これ以上言ったら、


声を上げるごとに険しくなるジャンの顔を見てもロゼッタは止まらなかった。これ以上言えばどんな結果になるか理解はしても、それで抑えられるほどロゼッタは大人じゃない。



ジャンに否定された

その悲しさが何よりも上回って。



「言ってるよ、ジャンは私が壁外に出ればすぐ死ぬ。そう言いたいんでしょ?」

「、あぁそうだよ。だから死ぬ前に一緒に来い!」

「確かに私は弱いけど、ジャンに私の未来を決める権利はない」


ジャンが心配をしてくれてるのは痛いほど分かってる。だって彼はこれまでだって私を大事に思ってくれていた。だけど、それに答えてしまったら、今までしてきたことが無駄になる気がした。

ジャンと一緒に生きていたい。確かにそれは私の本音だ、だけど。


「私の、命はもう3年前に公に捧げてる」

「・・・」

「バカらしいって思う?綺麗ごとだって笑う?けど私は信じてた。人類はいつか勝つことができるって!」

「・・・ロゼッタ、」

「ううん、今も信じてる。今まで人類のために闘ってきた兵士の命がいつか報われるって」

「もういい、やめろ」

「・・・、私の命は、巨人の物でもジャンの物でもない」


言った後に後悔した。ハッとしてジャンを見上げた目線と冷たい目線がかち合った。そんな目、エレンにだって向けた事ないくせに。無意識に感じた恐怖のせいか、霞む声を無理やりひねり出した。


「あ・・・ジャン?」

「あぁ、そうかよ」


初めてこんな視線を向けられた。刺すような冷たい目線を初めて向けられてロゼッタの背中が冷たくなる。


「よく分かった。勝手にしろよ」


何も言えないロゼッタに目を向けることなく言い放ったジャンは静かにその場を去った。まるで見放したように放たれた言葉に、ロゼッタの心臓がドクンと嫌な音を立てる。



「・・・あ、」


嫌われた。

ロゼッタの頭を支配するのはその一言だけ。

私はいつも後悔してばかり。





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