「心臓を捧げよ!」
教官の声に訓練兵は一斉に敬礼をする。ロゼッタも例外ではなく、周りの同期達と同じ動きを取る。しかしその目線は教官の方ではなくもっと手前に向いていた。王の元で民を統制し、秩序を守る憲兵団に志願できる者は成績上位10名のみだ。その中には予想通りの面々が並んでおり、もちろんジャンも6位の位置についていた。出会った頃と比べて大きくなった背中をぼんやりと見る。
ジャンと恋人同士になってからというもの、時間が経つのが早かった気がする。まぁそれは訓練兵としての最後の年ということも関係してるのだろうけど。
「後日、配属兵科を問う。本日は、これにて第104期訓練兵団解散式終える。以上!」
「ハッ!」
このメンバーでの食事は最後となるのだが、みんなの話題はもっぱら所属兵科のことについてだった。ミーナ達は駐屯兵団すると言ってた。当たり前なのだが、やはり調査兵団に行きたいという者はほとんどいない。
「・・・あ、」
キョロキョロと周りを見渡してみると、視界にジャンが入ってきた。近づいてみれば何やら彼らも所属兵科について話しているようだった。
「だよなぁ、みんな内地に行きたいよな・・・で、お前らは」
すぐ後ろに立ってもジャンはロゼッタの存在に気付かない。
「私も・・・だけど、あんたと一緒だとは思われたくないわ」
「ハハ八ッ」
なんで笑うんだ今のアニの一言で。チラリと呆れたようにこちらを見たアニに、ロゼッタが思わずため息をつくとジャンも気づいたようで、ご機嫌な様子で横の椅子を引いてくれたので遠慮なく座る。
「ちょっと、自重しなよ。憲兵団になんて志願できない人の方が多いんだから」
「あぁ、そうだが事実だろ?」
確かに、10位以内に選ばれたのならそのほとんどが憲兵団を希望するだろう。エレンやロゼッタといった特殊な例を除けば。だけどそんな言い方、周りの反感を買うに決まってる。
「なぁ・・・」
すぐ後ろからガタッと椅子を引く音が聞こえた。ジャンと同じように振り返って声の主を確認すると案の定エレンだった。あー、また始まるのか。
「ジャン、内地に行かなくてもお前の脳内は”快適”だと思うぞ」
明らかなジャンに対しての挑発。3年前のジャンならばすぐにでも飛びかかっていただろう言動に、意外と静かにジャンは返した。
「俺が頭のめでたいヤツだと、そう言いたいのかエレン?」
いつになく真剣な表情にロゼッタも口をはさめない。
「それは違うな・・・俺は誰よりも現実を見てる」
確かにそれは、そうだと思う。実際、ロゼッタやエレンのように調査兵団に行きたいと思う人間は少数派だ。死にたくないと思うのは、人間の本能なのだから当たり前な話であって。
「・・・それで?」
静かになってしまった食堂に、エレンの声が響く。
「俺には夢がある。巨人を駆逐して、この狭い壁の中を出たら・・・外の世界を、探検するんだ」
あぁ、だからエレンは今まで。真っ直ぐな瞳に何か、惹きつけられる感覚。誰もがエレンの言葉に耳を傾ける中、その静寂を破ったのは言わずもがな、ロゼッタの隣に大人しく座っていたジャンだった。
「何言ってんだお前?めでたいのはお前の方じゃねぇか」
「あぁ・・・そうだな。分かったからさっさと行けよ内地に・・・お前みたいなやつがココにいると士気に関わんだよ」
「もちろんそのつもりだが、お前も壁の外にさっさと行って来いよ。大好きな巨人がお前を待ってるぜ」
「ちょっと、ジャン。やめなって」
正直ジャンの言葉は癪に障ったが、このまま放っておくとエレンと殴り合いになりかねないので声をかけて止めようとする。しかしジャンはロゼッタをチラリと見ただけでエレンとの言い合いをやめようとしない。こうなったらもう誰にも止められないだろう。
案の定、2人は殴り合いを始めるが、もう恒例なのでそれを止めるものはいない。だがそこは流石対人格闘技トップの成績を持っているだけあって、エレンがもう少しでジャンに勝ちそうになったとき、ミカサがエレンを担いで食堂を出て行ったことでケンカは終了した。面白くなさそうに2人を見るジャンはロゼッタに目配せした。
「チッ・・・来いよ、ロゼッタ」
「え・・・あ、うん」
ムシャクシャしている時のジャンはとても話しかけづらい。しかしそんなロゼッタの心中など知る由もないジャンは構わずロゼッタの腕を引いて食堂を出た。