手が届かなくなるその前に



「あんた、そんなに立体機動下手だったっけ」


教官に頼まれた用具倉庫の整理を進めながら呆れた顔をするアニ。そんな目で見られると思いだして情けなくなる。


立体機動訓練トップのジャンやミカサには叶わないけれど、よく教官にも褒められたし、今まで大きな失敗をしたことがなかったので今日の出来事はショックだった。1番得意な技巧術でさえ、今日は少し失敗をしてしまった。ただ、ちょっとだけ考え事をしただけだった。ほんの少し、朝のことを思い出していた。


「いや、ちょっと考え事してたら、つい・・・」

「つい、じゃない。あんた、怪我しなかったのは運がよかっただけでしょ」


本当にその通りだ。こんなんでは調査兵団に入ったって、巨人のエサになるのがオチ。なのに私は当初の目的を忘れて何してる。恋愛に現を抜かすなど兵士としてあっていいはずないのに。もう訓練兵団の一員として過ごし始めて2年が経った。つまりロゼッタがジャンのことを想い始めて2年が経ったというわけだ。


「・・・、2年ってあっという間だったね」

「そうだね」


最初はただ嫌な奴で、3年間のうちにこいつを叩きのめそうと、子供じみた事を考えていたのを覚えてる。そのためにジャンを観察し、その内に恋心を抱いていたなど、間抜けぬもほどがある。ジャンとはふざけあったりもしたけど、その時だけは何も知らない子供のころに戻ったようで、すごく楽しかった。


「でも、もうこのままじゃいられないよね」


だって、もうあと1年で訓練兵としての生活は終わってしまう。ジャンはきっと10番内に入る。普段はふざけたりしてるけど、立体機動の訓練はトップレベルだし、他の訓練も平均を上回ってることは確かだ。座学が苦手な私など、上位陣に掠りもしないだろう。


「何、考え事って、そのこと?」

「うん。アニなら分かってると思ってた」

「あんた、私のことをエスパーかなんかと勘違いしてない?」


大げさにため息をつくアニにロゼッタは苦笑いをこぼす。本当に分かってると思ったんだけどなぁ。


「ほら、さ、あと1年でお別れなわけじゃない」

「だろうね」

「だから、気持ちを伝えるなら今かなって」

「あんたがそうしたいならそうすればいい」


アニは相変わらず的確な答えを打ってくる。確かに、そうなんだけど、それが出来れば一番なんだけど。ロゼッタはモゴモゴと続きを紡ぐ。


「それで、私はスッキリするかもしれないけど、ジャンにはやっぱり重荷になっちゃうんじゃないかって」

「あんた、まだそんなこと言ってたの」


呆れたようにため息をつくアニを悔しげに見つめた。自分でも、そう思う。アニにだけ打ち明けた自分の想い。それでジャンの足を引っ張ることだけは避けたくて。それでアニに勇気をもらって、ジャンを想い続けることに決めたというのにまた同じことでウジウジと。


「でも、いい加減区切りをつけなきゃって思うの。中途半端な気持ちでやってたら、それこそ調査兵団で覚悟なんてできるわけない」


今日の失敗は訓練だったから許されたのだ。実際に、巨人がいる場所であんなミスをすれば一瞬で巨人の腹の中だ。



「例えばあんたが、親しい友達から告白されて、それは迷惑だと思う?」


ドクン、心臓が跳ねた。一瞬エレンのことかと思ったが、アニもこのことは知らないはずだ。見られていたということも、ないだろうし。



「ジャンの気持ちなんか知らないけど」


奥の片づけをしていたアニが手を止めてこちらを向くものだから、ロゼッタもつられて手を止めた。


「私は、あんたが傷つくのを見たくない。友達だからね」

「・・・アニ・・・」


一瞬、アニの顔に陰りが見えた。でもそれは本当に一瞬で、すぐにロゼッタに目を合わせる。


「だから、あんたが後悔しなければ、それでいい」


ただ、それだけ言ってアニはまた倉庫整理の作業を再開した。決して温かい、私を慰めるような言葉ではない。なのにどうしてこんなに心が温まるのだろうか。良い友人を持ったと、今更ながらに思う。支えてくれたアニのためにも、私は頑張れなければ。



後悔しないように、今は何ができる?

きっと今を逃したら、ずっと何もできないままだ

このまま、お別れする?

そんなのは嫌だ。絶対に。

決めたじゃないか、自分の気持ちに素直になると。

アニと、約束した。



「ジャンなら、多分井戸にいる」

「・・・え、」

「教官に頼まれてるの見た」

「・・・アニ、ありがとう!」



その場に訓練で使う用具を放りだしてロゼッタは走り始めた。その後ろ姿を確認して、アニは小さくため息をついた。


「友達、なんて。私に言う資格ないのにね」


何が私をそうさせる


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