噛みあわない心情



眩い朝特有の日差しに顔をしかめて、目を擦りながら開いた。あれ、私・・・そういえば風邪で、


―――・・・ジャン、そばにいて


途端、顔が熱くなったのが分かった。そうだ、昨日、ジャンにあんなことを・・・!



これから、どうしようかな。とりあえず何か口に入れなければ。キョロキョロと周りを見渡してみれば、すぐ横のテーブルには昨日ジャンが持ってきた水差しが置いてあった。薬を飲んでなかったせいかまだ中には水が入っている。

熱くなった顔を覚ますかのようにグラスについだ水を一気に飲みほした。冷たい水が口の中で広がって、確かに喉を潤した。だからと言って冷静になるわけではないけれど・・・昨日のことを次々と思いだしてしまうせいで、ロゼッタの顔はずっと赤いままだ。

風邪を引いていたとはいえ、なんであんな事を言ってしまったんだ。あんな事ってのは、そう。エレンに告白された、だとかそばに居て、だとか。・・・あれ?そういえば、あの後どうしたんだっけ。そばに居てって言ってしまったのは覚えてる。えぇと、そのあと、眠くて。


自分以外いない医務室を見渡してみるが、やはりジャンの姿は見えない。それは仕方ないことだ。ジャンだって忙しくないわけではないし、もしかしたら朝食の当番だったかもしれない。だとしたら、クリスタの頼みで来たジャンが私の我儘に付き合えるわけないのだ。少し、残念だけど。

いや、でも、待てよ。チラリと水差しに半分ほど残った水を見る。

昨日からあった水ならばこんなに冷たいはずないのに。誰かが朝から汲んでくれたんだろうと予想できる。誰か、というところまでは分からないけど。でも、ジャンだったらいいな、なんて。

裸足のまま床に足を着けるとひんやりと背筋まで冷たさが響いた。一度部屋に戻って、着替えをして、それから朝食に行こう。ジャンと顔を合わせるのはちょっと恥ずかしいけど、昨日のことも謝らなければ。そういえばミカサやクリスタにもお礼を言ってない。今日は朝からやらなければいけないことがたくさんあるな。でも、皆のおかげで体力も回復したのだから、そんなことは当たり前だ。


医務室で顔を軽く洗って扉を開けて外に出る。もうすぐ朝食の時間だということもあって、向かい側の廊下には結構な人数の訓練生が歩いていた。その流れを無視してさほど遠くない宿舎の部屋にたどり着く。誰もいないだろうと扉を少し乱暴に開けて部屋の中に入ると、予想外なことに人がいた。


「あ、アニ。おはよう!」

「おはよ。あんた、風邪大丈夫なの」


綺麗な金髪を結い上げるアニは本当に絵になる。女ながら惚れてしまいそうだ・・・。いやいや、そうじゃなくて。


「うん、クリスタやジャンが看病してくれたから。この通りだよ」


腰に手を当てて威張りポーズをとってアニを笑わせようとしたものの、アニはそんなことよりもロゼッタの台詞の方が気になったようだ。


「ジャンが?」


あぁ、そういえばアニは知っていたんだっけ。不思議そうにこちらに目を向けているアニに苦笑いを向けて答えた。


「うん。ちょっとわがまま言っちゃったから謝らくちゃ」

「珍しく早起きだと思ったら、あんたのとこに居たんだ」

「え、誰が?」

「誰って、ジャンに決まってるだろ」


朝方喉が渇いたから食堂に水を汲みに行ったら会ったんだ。言いながら静かに立って扉に向かうアニに、待ってと声をかけて追いかける。閉め切ってなかったボタンを急いでつけてアニの横に並ぶ。アニはチラリとこちらを見たけど、何も言わないから別に嫌じゃないんだろう。他愛ない話をちゃんと聞いてくれるアニとの会話は楽しくて、食堂に着くのがあっという間だった。2人で座れそうな席がなかったため、アニとロゼッタは入口で別れた。キョロキョロと席を見渡してみると丁度ミカサの隣が空いてるのが見えた。パンとスープを持って席に着く。ミカサはもう半分以上食べ終えているようだ。


「ミカサ、おはよう」

「・・・おはよう」


ミカサは普段あまり喋らない印象がある。というか、その通りなんだけど。必要以上のことは話さない、そんな感じ。幼馴染のあの2人には、違ったりするのかな。


「ねぇ、ミカサ。昨日私のこと運んでくれたんでしょ?ありがとう」

「あなたが目の前で倒れたから。放っておけなかっただけ」

「それでも、助かったよ。ほんとにありがとう」

「・・・別に、気にしてない」


ミカサはそれだけ言うとロゼッタから目線をはずしてまた朝食に手をつけた。それを確認するとロゼッタも朝食に手を付けるが、周りの人たちは皆3分の2ほど食べ終えているようだ。

それで気づいた。今日は朝から立体機動の訓練だ。これは大変。ただでさえ準備に時間がかかる立体機動の時間の前になんとかジャンにお礼を言いに行きたい。

クリスタには部屋で言えるだろうけど、ジャンと話せるタイミングなんて限られてる。
できればチャンスのある内に言いたかったのだ。


喉が詰まるんじゃないか、というほどの勢いで口に流し込んだ。幸い昨晩スープしか手に付けてなかったせいか、結構お腹が空いていた。ロゼッタの食べっぷりに隣のミカサは唖然としていたが、それに気づくことなくロゼッタは席を立ってジャンを探した。




「あ、ジャン」


お目当ての人物は案外すんなりと見つかった。ロゼッタの声にジャンの肩が跳ねた。なぜそんなに驚くのか。


「、ロゼッタ」


キョロキョロと目を合わせようとしないジャンにロゼッタは首をかしげる。何か相当慌てているようだ。


「あの、昨日のことお礼言っとこうと思って」

「・・・いや、別に」

「忙しいのに、看病してくれて・・・それに私、我儘言っちゃって」

「それは、別にいいんだ。その、ロゼッタ、昨日のことは・・・」

「うん?」

「その、あれは本当なのか?」

「あれ?」


ジャンが次の言葉を発そうとしたところで、片付けの合図の鐘が鳴った。あ、まだ装置のメンテナンスやってなかった。ジャンもタイミングを失ったようで、開きかけた口をそのままにしていた。


「あ、ごめん、またあとで大丈夫?」

「・・・あ、あぁ」


ハッとしてジャンが答える。周りを見渡してみるともう人がポツポツと残っている程度だった。ロゼッタも装置を取りに行こうと小走りで食堂を出た。とりあえず、お礼が言えてよかった。だけど・・・あれって、なんだろう。

話す機会が増えて嬉しい気持ちと、ジャンの話が気になる気持ちが半分。でも、なんだか聞きたくない気もした。

そういえば、アニの話が確かなら、ジャンは夜中ずっと医務室にいてくれたのかもしれない。そうだったら嬉しいな、と自然に緩んでしまう頬を手で隠した。






「・・・わけわかんねぇ」

ポツリ、誰かが呟いた。



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