溶けた想い



「おい、大丈夫かよ」

「・・・あ、」


完全に放心状態だった。ジャンの心配そうな顔を見て気が付いた。


「クリスタに頼まれたんだ。風邪引いたんだってな」

「うん」


薬は飲んだのか?と聞かれ無言で首を横に振るとジャンは入口付近にある棚をあさり始めた。おそらく薬が入っている棚だ。

予想通り薬と水差しを持ってベッドまで戻ってきた。これ食べた後に飲め、とテーブルの上の冷めきったスープの横に静かに置く。


「やだ、食欲ない」

「ダメだ、食え。明日までに治らなねぇぞ」

「やだったらやだ。ジャンのばーか」

「なんでだよ」


あきれた顔をするジャンがなんだか面白くてクスクス笑う。あぁ楽しい。こんな風に話せるだけで、幸せだ。さっきまで寂しいと泣いていたのがウソみたい。


「クリスタ達も心配してた。スープ飲まねぇと余計心配するだろ」


それもそうだ。クリスタ達を心配させないために、少しでも食べておくか、とゆっくり身体を起こした。丁度ジャンと目線が同じになって、数か月前のことを思いだした。


「じゃあ、ジャンが食べさせて」


眠そうにしていたジャンの目が見開いた。そりゃあ、驚くか。


「おま、な、何言って、」

「ジャンが食べさせくれるなら、食べる」


まるで駄々をこねてる子供だ。普段より積極的というか、甘えん坊というか。

数秒間を置いたが、ジャンも病人相手だ、と割り切ったようでスープの皿を手に取った。
ニンジンの時は自分でやったくせに。

口元まで運ばれてくるスープを口の中で味わう。けれどどういう味かわからない。ニンジンを小さく潰してくれてるのが見えた。そういうところにジャンの優しさがにじみ出てきて、再認識する。やっぱり、好きだなぁ。


「お前がいないと、何か調子狂うからな」


3分の1ほど食べ終えたところで、ジャンが呟いた。それは、どういう意味なのだろうか。

ロゼッタを看病するジャンの眼差しは、妹を世話する兄のような。けれど恋人を愛しむ眼差しにも見えた。

ふと、気になった。今まではジャンはミカサが好きだから、と考えようともしなかったことだ。ジャンは、私のことをどう思ってる?気のいい仲間?ただの同期?それとも・・・。

ただただ口に運ばれたスープを喉に流し込む作業をやめた。開かれない口にジャンは「どうした」と聞いた。けれどその問いには答えない。


「ねぇ、ジャン」

「なんだよ」

「私、今日エレンに告白されたの」


バカなことをした。それを言ってどうする。私はこの風邪で頭をどうにかしてしまったんだろうか。急に襲ってきた眠気を覚ますように瞬きをする。

横にいるジャンの肩がピクッと動いた。


「そう、なのか」

「うん」

「それで、どうしたんだ?」


普通の反応だ。分かっていたはずだ、この結果は。


「断ったよ」


こんなことジャンに言ってどうするのだ。ほら、やっぱり困ってる。


「なんで、」

―――なんで?なんでって、それは、


「ロゼッタとあいつは仲良いから、付き合ってるのかと思ってた」


あぁ、そうか。そういえばこの間もそんなことを言ってた気がする。誤解だ。この誤解をどうやって解こうかと考えてたじゃないか。

ただでさえ眠気と頭痛で回らない思考。言葉を選ぶなんて、今のロゼッタにはできなかった。


「違う、違うんだよ」

「・・・ロゼッタ?」

「私が、私が好きなのは、」


ジャンが息を飲む音が聞こえた。そのせいでなんだか近くにいるということを意識してしまう。ちらりとジャンを見ると、私の言葉を待っているようだった。


「・・・、ジャン、そばにいて」

「何言って、」

「スカート」


うっ。とジャンの言葉が詰まった。この間の約束。ジャンが言ったことだから覚えてるはずだ。


ごめんなさい、ジャンの優しさを利用してしまって。それでも、今はただそばにいてほしい。


「ねぇ、ジャン」

「・・・どうした」

「あのね、」



息と同化した私の告白は、できれば届いてなければいいと微睡の中で考える。

何度も見たジャンの唖然とした顔を最後に、意識は途切れた。





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