「あれ・・・ここは・・・」
ふと、目が覚めた。起き上がろうとすると頭を鈍い痛みが襲い、ここに来る前のことを思いだした。
「そうだ、私・・・倒れて、」
倒れてどうしたんだっけ。
まだはっきりしない頭をフル回転させて思いだすが、やはり覚えていない。意識を失っていたのだろうか。
とりあえずずっとここにいるわけにはいかない、と体を起こす。見渡してみると、すぐにここが医務室だと判断できた。
医務室の窓を見ると外はもう真っ暗で、ロゼッタが数時間目を覚まさなかったことを表していた。
「あ、ロゼッタダメだよ、まだ寝てなきゃ」
やはりちょっと混乱してるらしい。医務室へ向かってくる足音にも気づかなかったなんて。近づいてくるクリスタはスープが入った皿を持っている。
「ロゼッタ、具合はどう?少し熱が高かったようだけど」
熱?あぁ、そうか。なるほど。それならこの気だるさも頭の鈍痛も説明がつく。
「ちょっと頭が痛むけど、大丈夫だよ」
「そう?よかった。食欲があるなら、少しでも食べてね」
差し出された暖かいスープを受け取る。クリスタには申し訳ないけど、正直食欲はない。
「季節の変わり目だから、きっと風邪だよ。一晩医務室で休んだ方が良いと思う」
「そうだね、移ったら大変だし」
通りでエレンと出かけている時から寒いなぁとは思ってた。エレンには移ってないといいけど。
クリスタによるとここに私を運んでくれたのはミカサらしい。あの子は私のことをあまり良くは思ってないようだったから、意外だった。エレン絡みになると変な子だとは聞いたことがあるけど、やはり根はいい子なんだろう。明日にでもお礼を言いに行かなければ。
クリスタは一通り話終えると、ベッドの横の椅子から立ち上がった。
「じゃあ、ロゼッタ。私キース教官に呼ばれてるからもう行くね」
「うん、ありがとうクリスタ」
「いいよ。でも1人じゃ心配だし、誰か代わりの人に看病頼むから」
代わりの人・・・ミーナあたりだろうか。
気にしなくてもいいのに、と言うとクリスタが何かあったらどうするの!と万が一の状態の危険性を必死に熱弁するものだから、厚意をありがたく受け取ることにした。
クリスタが出ていくとすぐに静寂が医務室を支配した。
「・・・、心細い」
ボソッと呟くと誰に聞かれることもなく消えていく声。私はこんなに弱かっただろうか。それとも風邪のせいだろうか。
クリスタには気にしなくてもいいと言ったけど、正直誰かに傍にいてほしい。おしゃべりなミーナが来てくれれば、きっと退屈しないはずだ。
ふと昔のことを思い出す。
幼いころ、今と同じように風邪で寝込んでいた時は姉が優しく看病してくれた。逆に姉が寝込んでいた時は、どうしたらいいのか分からず泣いているだけだったっけ。姉は私を心配させないためにか、元気だと弱弱しく微笑んでいた。
もうそれから何年も経ったというのに、まだ私は姉のように振舞えない。その時の姉より、年上なはずなんだけど。
子どもだな、本当に。今になってあの姉のぬくもりのありがたみが分かるのだ。
あぁ、気だるい。頭も痛い。誰か来て、寂しい。
考えれば考えるほど頭の中はそれでいっぱいになって、途端にやるせなさが胸を襲って涙となって溢れてくる。
「っ、意味わからない。なんでっ・・で、てくるのっ」
昔に戻った気分だ。辛い辛いと姉にすがりついていたあの頃に戻りたい。
姉のように強くなりたいと、そう思って兵団に志願した。なのに風邪なんかひいて、揚句幼い子供のように泣きじゃくるなんて。
ガラ、とタイミングを見計らったように扉が開く。うそ、こんなところ見られるなんて。
「・・・おい、お前。泣いてるのか?」
「・・・え、」
予想外の声に泣いてるのも忘れて扉を見る。ミーナじゃない。どうして、ジャンが、
あまりの驚きに声を出せないロゼッタをジャンも驚きの表情で見てた。いや、きっと誰でも驚くのだろうけど。
そんなロゼッタに構うことなくジャンは焦ったように近づいてくる。無意識に逃げようとするが、身体が上手く動かなくてその距離は簡単に縮んだ。
「おい、どうしたんだよ、どっか痛むのか?」
珍しく狼狽えているジャンがロゼッタの額に手を当てる。
ジャンの手はひんやりと冷たかったけど、熱い体には心地よい。
その冷たさの中でじんわりと広がるジャンの温もりは姉に似ていて、こんな状況だというのにひどく安心した。
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