「ダメだよロゼッタ、人参残したら。勿体ないよ」
「クリスタ・・・だって・・・」
確かに、この食糧難の時代だというのに残すのはすごくもったいないと思う。でもこれだけは、このニンジンだけは口に入れてはいけないのだ。ロゼッタの体がそう訴えていた。と言っても、ただの好き嫌いなのだけど。
「本当にニンジンだけはダメなの。もう口に入れた瞬間おえって・・・」
「汚ねぇこと言うなよ、ロゼッタ」
「ジャン・・・いつの間に・・・」
声がした方を向くと、1分前までは空席だったはずの私の右隣にいつの間にかジャンが座っていた。
「じゃあ、その汚い展開にならないようにジャンが食べてよ」
「はぁ?自分で食え。だからチビのままなんだろ」
「クリスタの方が小さいよ」
「クリスタはちゃんと食べてるだろ」
「・・・返す言葉もございません」
ふくれっ面になるロゼッタにそれをあきれるような目で見るジャン。それを見守るクリスタは微笑ましそうに笑うと食器を持って席を立った。
「じゃあ、ロゼッタ。私先に行くね」
「え、待ってよクリスタ、私を見捨てないで!」
「ごめんね、私今日片づけ当番だから・・・」
片づけ当番なら引き留めるわけにもいかない。またいつものようにサシャに食べてもらうか、とサシャを探すが、ジャンにはそれもお見通しだったようだ。
「お前、またサシャに食ってもらおうとしてるだろ」
「え、なんでわかったの?」
「お前なぁ・・・」
ジャンの額に青筋が浮いてる。これはやばい。キレてる。誰かに助けを求めねば、とキョロキョロあたりを見回しても皆片づけを始めている。どうしよう、ニンジンの処理の仕方を考えてるうちにジャンがロゼッタのフォークを引っ掴んだ。
いきなり何をするんだと手から無くなったフォークを目で追えば、フォークはロゼッタの皿にきれいに避けられていたニンジンを刺した。
「ほら、美味いから食え」
「・・・・・え、」
これは、いわゆる”あーん”というやつだろう。ダメだ、できるわけがない。ニンジンも美味しいわけがない。なぜこんな恋人同士がするような行為をジャンにやってもらわなければならないのだ。これがエレンやライナーだったなら、ロゼッタが顔を赤くすることもなかっただろう。しかし、相手はジャンだ。これはロゼッタにとって大問題なのだ。
「ちょっと、ジャン、やめてよ!」
「いいから食えって!もう片付けの時間始まってるんだぞ」
意地でも残させる気はないらしい。ロゼッタもこれ以上は目立ちたくない。腹をくくるか、とフォークをにらみつけた。
「ほら、肉かなんかだと思って食えば美味いって」
「、んぐ!」
無理なことを、と言おうとして口を開いた瞬間口の前でスタンバイしていたニンジンが容赦なく入ってきた。恥ずかしさと驚きでニンジンの味を確認する前に飲み込んでしまった。
「・・・大丈夫か?」
ロゼッタが放心状態になったのを見てさすがに心配になったのだろう。ジャンが顔を覗き込んできたのにまた驚いて、勢いでジャンの手からフォークを奪い取り照れ隠しをするようにニンジンを口につめ込んだ。
不思議と気分は悪くならなくて、1分も経たないうちに食べ終えることができた。
さっさと片付けをしてしまおう、と席を立ってふと隣を見ると、呆然とした顔でジャンがロゼッタを見ていた。一体、何なんだ。
「食べたよ!文句ないでしょ?もう片付けようよ」
「お前・・・それ・・・」
「え、なに?」
「そっちのフォーク、俺のだぞ」
ミーナ達が真っ赤な顔で浴場に向かうロゼッタを見たのは、その出来事の数分後であった。
「間接キスだなんて、はじめてだ・・・」
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