綺麗な景色を


巻くのを途中で中断していた手をまた動かし始める。あれからどれくらい時間が経ったのだろう。現実を受け止めるにつれてロゼッタの涙はおさまったものの、目の腫れは引いてはくれなかった。しかし訓練中なのだからこのままシクシクしてはいられない。

幸いこの後は座学や技巧術だけなので足を使うようなことはそんなにないだろう。移動に関しては十分大丈夫そうだ。さっさと包帯を巻き終えて次の座学に間に合うようにしなければ。先ほどよりは痛みが治まった足を庇うようにして立つと、それと同時に扉の外にいる人影がドアノブに手をかけたのが見えた。


心配してクリスタやミーナが来てくれたのかもしれない。・・・いや、彼女たちは格闘術の時間の出来事を知らないはずだ。ならば誰が来たか予想するのは容易かった。もし他の怪我をした訓練兵でなければ。


「・・・よう、その、足。大丈夫・・・じゃないよな」


気まずそうに、けれど躊躇することなく部屋に入ってきたジャンはロゼッタの足を見てまた悲痛そうな顔をした。本当に優しい。そのあきれるくらいの優しさに惹かれたのだけど。


「あぁ、ごめんね、心配かけて。痛くて泣いちゃうなんて情けないなぁ、はは」


最悪だ、こんな時に。やっと心を切り替えて頑張ろうと思ってたところにジャンが登場するなんて。また涙が出てきそうだけど我慢しなければ。いきなり泣いては困ってしまうに決まっている。


「いや、その・・・いきなり突き飛ばしたりして、悪かった」


本当に申し訳なさそうに謝る彼ジャンを怒鳴ったりすることなど出来なかった。元からそのつもりはなかったのだけど。ジャンとてロゼッタを傷つけるために突き飛ばしたりしたのではないはずだ。


「いや、いいよ。準備体操疎かにした私が悪いんだから。ジャンこそ、いきなり倒れ掛かられてビックリしたでしょ?ごめんね」


ロゼッタが苦笑いを浮かべてそう言うと、ジャンは何か言いたげにロゼッタを見た。


「わざわざ、様子見に来てくれたの?心配かけてごめんね。でも、本当に大丈夫だから」


それ以上なにかを言われるのが怖くて、ここからすぐに立ち去ってしまいたい気分になる。手の擦り傷の手当てはまだしてないけど、これくらいならすぐ治るだろうと踏んで扉に手をかけた。それに気づいたジャンが、慌ててロゼッタの背中に言葉を投げかける。


「なぁ、ロゼッタ。お前はどうして俺を避けるんだ?」


・・・・・・はぁ?扉に手をかけていたロゼッタの手がピクリと動いた。


「そりゃお前、初日に失礼なこと言ったりして悪かったとは思うが・・・」


心当たりがあるのだろう。ジャンはロゼッタの反応を見ることなく語り始める。しかしそんなジャンにロゼッタの思考は置いてけぼりにされていた。なんて予想外なことを言うんだ、この男は。


「や、待って。まって、ジャン」

「、なんだよ」

「私、ジャンのこと避けたりしてないんだけど」


ジャンの顔が先ほどの私のように唖然とした。


「はぁ?お前、目が合えば逸らすし、ペア組みの時もあからさまに避けるし・・・」

「避けてたのはジャンじゃない!」

「・・・ってことは、お互いそう思ってたのか」

「じゃ・・・じゃあ、今朝の『げっ』ってなんだったのよ」

「そりゃ、お前・・・ロゼッタの事考えてるときに不意打ちで目の前に現れるから!」


言い切ったあとでジャンはしまった!という表情を浮かべたけど、なんだ。それじゃあジャンは私と同じようなことで悩んでいたのか。


「じゃあ、ジャンは私のこと嫌ってるわけじゃ・・・ないの?」

「お前こそ、初日のこと根に持ってるんじゃ・・・」


お互い同じ勘違いをしていたようだ。数秒見つめあった後、どちらともなく笑い出した。


「はは、実はと言うと、今日誘った時も、断られるんだろうなと思ってた」

「本当に驚いたよ。嫌われてると思ってる人に誘われるんだから」


ま、これで解決だな。と人のいい笑みを浮かべるジャンにロゼッタも笑みを返す。大きな進歩じゃないか。嫌われてない、それだけでどれだけ救われたか。この気持ちはとっておこう。それこそ知られたら、もう友達としての関係を修復できない気がして。


座学に遅れる、と焦りながらも私の歩幅に合わせてくれるジャンと共に皆の元へ向かう。ふと窓から見えたいつもと同じはずの景色が、なんだかきれいに見えた。




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