対人格闘技の訓練場に行くと、もうすでに何人か準備運動を行っていた。
ロゼッタは入口の手前の方でクリスタとユミルが一緒にストレッチを行うのが見えて、最近あの2人仲いいな、だとかクリスタはやっぱり可愛いな、だとかぼんやりと考えていた。
よそ見をしながら歩いていたせいか、前に現れた大きい影に気が付かなかった。ドン、と当たったとき相手もこちらに気が付いたようで、尻餅をついた私に振り向きながら謝った。
「おっとすまん・・・ロゼッタか。大丈夫か?」
「ううん、こっちこそごめんね、ライナー」
怪我がなくてよかった、と頭を撫でてくれるライナーは皆の兄貴分だ。私には姉がいるけど、ライナーみたいなお兄ちゃんなら欲しいなと何度も思った。
「今日は誰と組むんだ?」
「えっとね、ジャンと組むことになったの。ライナーは?」
「俺はエレンと組む。怪我しないように気をつけろよ」
じゃあな、と言って向かった先はおそらくエレンの所だろう。もうすぐ時間になるから、ロゼッタもジャンを見つけなければ。そう思って訓練場を見渡してみると、案外探している人物はあっさりと見つかった。相手も同じことを考えていたようで探す手間が省けた。
「よう」
「あぁ、ごめんね。寝癖直してたら遅くなっちゃって」
いや、別に。フイと顔をそらされてしまった。自分から誘っておいてなぜそんなに素っ気ないのだろう。
「じゃあ、そろそろはじめようか」
「あぁ、そうだな」
黙っていても気まずいだけなので、さっさと始めようと木箱から道具を取り出して無雑作に投げる。
「じゃあ、最初はジャンがならず者の役ね」
ロゼッタが偽ナイフをジャンに投げ渡して構えると、ジャンもすぐに構えた。
「あぁ、行くぜ」
そう言いながら構えて突っ込んで来るジャンに、教官に習った通りの技を仕掛ける。何度か交わされはしたものの、今までサボることも多かったジャンに技を掛けるのはそう難しいことではなかった。まんまとロゼッタの足技に掛かってしまったジャンが尻餅をついたのを見計らい、ナイフを取り上げて首に突きつける。
「はい、私の勝ちー」
なんて笑いながら言うとジャンは顔をしかめたけれど、すぐに立って構えた。次は私がならず者の役、ということだろう。先ほどと同じように一言声を掛けてから単純な動きで突っ込むと、当たり前のように交わされる。急いで体勢を整えて振り向いたとき、ピキリと右足首に鈍い痛みが走った。
「〜〜〜!」
「あ、おい?」
ジャンはロゼッタの顔が激痛に歪んだのに気付きはしたものの、そう素早く対処できるはずもなくロゼッタの体はジャンの方に倒れてきた。反射的に支えようとするジャンだが、運悪く後ろにあった箱木に躓いてロゼッタもろとも後ろに倒れてしまった。
「ッ・・・あれ、え?ジャン?」
「・・・」
衝撃を想像していたのにいつまでたっても痛みがない。ゆっくりと目を開けると、何が起こったのか分からない、と言うような呆然としたジャンの顔がすぐ前にあった。
「えっと、ジャン、ごめ、」
「・・・、あ」
自分の手がジャンの体を押し倒してることに気付くと、細身なのに意外とガッシリしてるんだなとか考える前に慌てて退こうとした。だけどそれよりもジャンが状況を理解する方が早かったようで、退こうとしていたロゼッタの肩を勢いよく押しのけた。
小柄なロゼッタはそれによって動作もなく後ろに倒れた。その際捻った右足首と地面についた手が痛んだけれど、それよりもジャンが自分を押し飛ばしたのに驚いた。割と皆に友好的なジャンが、自分を嫌っているのは知ってたけど。まさか触れるのが嫌だ、というほど毛嫌いしていたとは。
「あ?・・・あ、ロゼッタ、」
こう、あからさまに毛嫌いされるのは初めてで、少し傷つく。分かっていたことだけれど、情けないことに視界がじんわりと滲むのを感じた。いや違う。これは足や手が痛いから涙が出てくるだけだ。きっとそうだ。見開かれた瞳と目があったジャンは、ハッとしてロゼッタに手を差し伸べた。触りたくないくせに手を差し伸べるだなんて、それも彼の優しさだろか。罪悪感でも感じたのだろう。でも今ばかりはその優しさが嫌だった。
ロゼッタは差し伸べられた手を取ることなく、自力で立つとよろめきながら数歩歩く。
「あ・・・えっと、ごめん、足捻っちゃったみたい。医務室行ってくるから」
「お、俺も、」
「いい。1人で行ってくる」
無理してるんだろうか、嫌いなはずのロゼッタに優しくしてくるジャン。ロゼッタの断りに悲痛な顔を浮かべる。なんで、どうして、そんな顔をするの。右足を引きずって医務室に向かうため訓練場を逃げるように離れる。情けないながら右足が痛くて涙が止まらなかったから、見られたくなくて一度も振り返らなかった。
いや、痛いのは足や手よりも・・・。
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